Chapter.8 箒と魔女
「なんにせよ、金は必要だし、ここでのんびりしてる余裕もないってことか。お前としては」
「……そうなります」
苦い顔をして頷くカトレアに納得を示す。
俺としても無駄に時間を過ごすつもりはないから、急ぐのは別にいいとして。
「なら稼ぎ方の話だけど。魔物の素材集めっていうのは実際どういう感じになるんだ?」
「倒した魔物から角や毛皮、爪を素材として、専門の買取ショップに持ち寄る形です。肉を売るのは資格がないとできなくて、素材は数をまとめて売りに行かないと手数料のほうが多く取られるんだとか。その代わり、値が付かない粗悪品でも買い取ってもらえます」
「なにそのカードショップの買取みたいな」
例えが悪くて申し訳ないが、レアカード以外はまとめ売りしないと基本、値を付けてもらえない仕様だ。
子どもの頃ハマっていたトレーディングカードを全て売り払ったときの記憶が蘇る。
「魔物は……倒せるのか?」
「攻撃魔法もあるので、技術的には問題ないです」
じゃあ精神的にはハードルがあるってことだな。
しかし乗り越えてもらわないと仕方ないので、「まあ、覚悟は必要だな」と俺から言わせてもらうと、カトレアは気難しい表情で首肯した。
あまりに難しそうだったら別の案を考えよう。
「あとは、ここの婆さん良い人そうだから、お手伝いできる仕事でもないか明日になったら聞いてみるか」
「そうですね」
ひとまず方針を定め、嘆息を一つ。思うところがあるようなカトレアは俯いて大人しくしていたが、それからほどなくしてぐぅうう、と誰かの腹が鳴る。
「……なんも聞いてないから」
恥ずかしそうに腹部を抑えてこちらを睨んでくるカトレアに呆れ返る。別に、お前の腹が鳴ろうが俺からしたらどうでもいいから。気にしないから。
下手に恥じらわないでほしい。気まずい。
「疲れたので今日はもう寝ます!」
「はいはい……」
まったく、面倒なやつだなあ……。
ということで少し早いが就寝する。
ベッドは一つしかなかったが、俺から『お前が使え』とは事前に申し出ている。カトレアは当初複雑そうな顔をしていたが、代わりにシーツを譲ってもらうことで話を済ませ、俺はそれにくるまって床で寝に就いていた。
時間が経ち、深夜になると厠目的で目を覚ましたカトレアに叩き起こされ、「怖いので付いてきてもらっていいですか……」と宿に外付けされている厠近くの寒空の下、待たされることとなる。寒い。
「すみません……。お待たせしました」
「本当だよ」
しょぼくれた表情で出てきたカトレアにデコピンを一発放ち、そそくさと部屋に戻る。ていよく俺のことを使われているような気がするが、カトレアも申し訳なく思っているようだったので文句も言えない。
悪気があれば俺も冷たく当たれるんだがな……。
なんか、親族の集まりで歳の離れた従姉妹たちの面倒を見させられていたときみたいだ。
おもりは俺の宿命なんだろうか?
「おやすみなさい召喚獣さん」
「召喚獣さん言うな。……おやすみ」
安心したような顔をされて、複雑な心境になる。
そうして、トラブル続きの一日は終わる。
♢
翌日は朝早くから、宿屋の店主であるお婆さんに話を持ちかけてみることにした。
人の良さそうなたぬき顔をした、ふくよかな体型の背の低いお婆さんだ。
当初は困惑した様子だったが、「そうねぇ……」と時間をかけて考えてくれるのでありがたく待つ。
ご年配のこういった優しさは素直に嬉しい。
「それじゃあ、ねえ。こういうのはどうかしら、この宿を綺麗にして欲しいの。お客さまにそんなお願いをするなんてきっと旦那に叱れてしまうけれど、あたしも腰が悪いから、一人じゃどうすることもできなくて困っていたのよ。協力してくださるならぜひここに泊まってください。お代は要りません」
「……!」
それは、願ったり叶ったりの申し出であった。
カトレアと顔を見合わせたあと、二つ返事で俺らはそのお手伝いを承諾する。
――ということで。
「よし……。やるか」
「はい!」
急遽として朝イチから宿の清掃に取り掛かる。
水の入ったバケツと雑巾、箒をもって、一階から二階の廊下と各部屋の掃除を任された形だった。
俺が昨晩の雑魚寝による影響で背筋を痛めてのろのろとした動きをする一方、カトレアはやる気に満ち溢れているみたいで、掃き掃除をしながらどこか楽しげに鼻歌を歌っている姿が見られる。
気になって、ついつい声をかけてしまった。
「やけに嬉しそうだな?」
「はい! 期待には応えたいので!」
……思えば、こいつの目標は人の役に立つ魔女になることだったか。
健気な感じがして結構だが、飛ばしすぎて疲れないかだけが心配だ。こいつ、わりと貧弱だし。
「今日はすること多いんだからほどほどにしとけよ」
「ウ……。分かりました」
婆さんの申し出は嬉しいが、俺たちがいましているのは衣食住で言うところの住居の確保であり、旅の資金集めになっているわけではない。
俺が忠告すると、素直にカトレアは掃き掃除のペースを緩める。本当に飛ばしていたのかよ。世話の焼けるやつだな。
目を離したら、気付かぬうちにバテている、なんてことがありそうで気が気でならなかった。
「まあ、この調子なら午前中には終わるかな……」
天井の蜘蛛の巣を払い、細かなところの埃を掻き出し、窓や置物は丁寧に磨いて、仕上げに廊下は水拭きと乾拭きを行う。
掃除そのものは順調に進行していたが、その大まかな手順はどこの世界も変わらないので定型的なところがやや退屈になりがちだった。疲れる。
ふいに、カトレアが話しかけてくる。
「そういえば、箒に跨るってこういうことですか?」
振り向くと、そこにはピンと来ていない様子ながら箒に跨って「どうですか?」と確認してくる、ちょっと滑稽なポージングのカトレアがいた。
俺も、一度休憩したいところだったので話に乗る。
「そうそう。俺の知る魔女はその状態で飛ぶんだよ。赤いラジオを吊るして、黒猫を連れて」
「ラジオ?」
「……なんでもない。お前も、魔女手形とやらを手に入れたらそうやって飛んでみたらいいんじゃないか?」
「変じゃないですか?」
「いや、俺の世界ではそれが一般的な姿なんだって」
カトレアは懐疑的な反応をしていたが、しばらく足の間に挟んでみて自分のなかで『箒で飛ぶイメージ』を作ってみているようだった。
そういえば、になるのだが。
「むしろこの世界の魔女ってどういう感じなんだ?」
ぼちぼち、掃除を再開しながらそのようなことを質問する。俺が手を動かしたのを見て、カトレアも掃き掃除を再開しながらその問いかけに答えてくれた。
「魔女は、人々の生活を護り人々の生活を豊かにするためにある存在です。その最たるものが集落の安全を決定付ける防護結界の担い手・町魔女の存在ですが、それ以外にもいて、例えば宅配の魔女とか」
「それはアウトだろ」
この話の流れで。
思わず胡乱な目つきをして返す。カトレアは至って真面目な様子だ。
「二百年ほど前まで人類の生活圏は常に魔物の脅威に晒されていて、一部の分厚い城壁で囲われている都市部以外はまともに生活できなかったと言いますし、当然ながら物資の流通なんてほとんどなかったと言いますから。どれも魔女がいて成り立つことです。召喚獣さんは、この町の外観を見たときに不思議に思ったりはしませんでしたか?」
「なにを?」
「魔物対策を、です。町の入り口が、かなり開放的になっていたと思うのですが、それもこれも町魔女による防護結界があるから安全が保証されているのです」
確かに、言われてみるとそれもそうなのか。
饒舌に語るカトレアの様子から、昨晩は自称していた『豊富な知識量』があながち嘘でもないことを窺い知る。
とすると、次に俺が気になるのは。
「じゃあ、お前の師匠は『なに魔女』になるんだ?」
「師匠は近隣三ヶ所ほどの町の結界を担当する辺境の魔女です。この町を中心に展開する、乗合馬車の組合とも連携をとっていて、馬車が魔物被害を被らないよう携帯型の防護結界陣を発案した方でもあるんですよ」
むふーっとしながら自慢されてしまった。
俺の頭のなかで、あの魔女がピースをしてくるような脳内妄想が描かれる。やかましい。
「……まあ、お前はそういう魔女になりたいわけね」
「そうですね! 目指すべきは師匠のような魔女ですが、師匠を超える『人の為の魔女』になります!」
「はいはい」
夢を語るときのカトレアは本当に楽しそうだ。
目がキラキラと輝いていて、気合を入れるように脇を締めて握り拳を作る姿は自分の将来像に一ミリの疑いも持っていないみたいで、理想を追いかけて邁進するカトレアの良いところがよく出ている気がする。
ただ、カトレアがそこまで器用な人間ではないことも事実で。余計なお世話ながら心配する気持ちもある。
いまだって、話に夢中になりすぎて手が止まってしまっているし。
「掃除」
「あっ、はいっ」
俺に言われると慌てて取り掛かるカトレアに、やれやれとわざとらしく首を振ってやる。
そんな何気ない一幕を挟みつつ、かくして掃除は無事に終了する。
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