CASE.3 榊秀香 1
「うちの出来損ないの娘を、新品と取り替えたいんですの。」
お母様は店員のお兄さんにそう告げた。大きな宝石がぎらりと輝くその指で、私のことを指しながら。
仏田転生店…コマーシャルで見たそのお店のテーブル席に、私はどこか上の空のまま腰掛けている。今から起ころうとしていることに現実味が湧かず、他人事のようにしか思えなくて。
登校日なのにこんな所にいていいのかな。…いや、そんなこと、もう気にしなくていいのか。
どうやら私の人生は、今日で終わりらしいから。
「中1最後の期末テストでオール満点獲れなければ、転生屋に連れて行くから。」
お母様のあの言葉は、『脅し』なんかじゃなかったんだ。
テストは一生懸命にやった。でも届かなかった。だからお母様は私のことが嫌いなんだ。勉強も運動も出来ないし、どんな習い事をさせても上手くならないこんな私のことが。
「つまり…娘の
胸元に『
そして当事者のはずの私はなぜか蚊帳の外で、黙って二人の会話をただ聞いているだけだった。
「そう、産まれ直させたいんですの。ところであなた、その『産まれ直し型』のプランについて詳しく説明していただいてもよろしいかしら?」
「かしこまりました。端的に言いますと、転生者が0歳の新生児として産まれ直すプランです。成人時の容姿を事前に設定出来たり、追加オプションで持って産まれる才能の選択が出来たりと、当店で最も自由度の高くまさに人生を一からやり直せるプランになります。」
「あら、素敵ですわね。」
「『現代』に転生させることも、産まれ直す『母親』を指定することも可能です。ただしその分かなり高額になってしまいますが、ご予算は問題ございませんでしょうか?」
「
「…失礼いたしました。」
私は海外へ旅行に行ったときテニスの試合を観戦した時のことを思い出していた。ルールなんてよくわからないまま、ボールが左右へ行ったり来たりするのをただ眺めるだけ。その時と今の状況は、よく似ている。
「転生先は『現代』。そして榊
「ええ。そうすれば、秀香を元とした新しい優秀な子供がわたくしのもとに産まれてくるということですわね。あ、それと転生させる際に、今の秀香の記憶は引き継がなくても結構ですわ。」
「…承知しました。」
このラリーの行きつく先は、私が転生するという未来。そして記憶も引き継がれないなら、それは私にとって『死』を意味する。
お母様は私の方なんか見向きもしない。むしろ私という出来損ないを捨て、産まれてくる新しい命にわくわくが抑えきれないという様子だった。
しかしここで狐島さんが声色を少し変えて話し始めた。今までの会話の流れが変わるのが聞いていただけの私にも分かった。
「予算はかなり嵩んではしまいますが、お客様のご希望を叶えることは可能です。ただし当店では必ず、転生者様ご本人の許諾と署名が無ければ転生することは出来ません。転生される娘様の意思を確認させていただいてもよろしいでしょうか?」
その言葉に、やっとお母様が私の方を見た。そこに表情は無く、虫けらでも見るような冷たい目があるだけ。
わかってる。「余計なことは言うな。」そういうことでしょう?
「…転生、したいです。」
したいわけなかった。死にたくなんかないし、逆転のチャンスすら与えられないまま転生させられるなんて、そんな悲しいことがあるだろうか。
けれどそう言うしかなかった。どうせ拒否したところで辛い人生が待っているだけだから。むしろ今ここで終わるのが、私にとって最も苦痛の無い選択肢なのかもしれない。
「…ご無礼を承知でお尋ねします。恵麗奈様ご自身が転生するという選択肢もある中で、あえて秀香様を転生させることにこだわる理由はなんでしょうか?」
いつの間にか狐島さんから笑顔が消えていた。背筋をぴんと伸ばしてお母様と真っ向から向き合っている。お父様の会社の役人ですらお母様の顔色を窺い立てるのに、こんな人初めて見たかもしれない。
たぶん狐島さんは、私の味方をしてくれている。そんな空気をお母様も察したのか、声色に敵意を剥き出しながら言った。
「わたくしはねぇ、今まで完璧な人生を送ってきたの。容姿に恵まれ玉の輿に乗り、傷一つないダイヤモンドのような人生ですわ。そんなわたくしの唯一の汚点がこの娘よ。」
「汚点、ですか。」
「そうよ。このわたくしの娘として産まれたからには完璧な人間であらねばならないのに、この子は何の才能も持っていない。それがわたくしには我慢なりませんの。この汚点を奇麗に消し、そして完璧な娘を得ることでわたくしの人生は完成するのよ。いずれわたくし自身も転生するつもりだけれど、それは今の人生を完璧な状態に飾ってからですわ。」
お母様は演説をするみたいに語った。身振り手振りをするたびに、手首や指に付けられた宝飾品がじゃらじゃらと下品な音を立てる。
私も次に産まれてくる子供も、この装飾品と同じなんだ。お母様は気に入らないアクセサリーを新たに買い替える感覚で、今日ここに来ているだけにすぎないのかもしれない。
そんなお母様の言葉を受け、狐島さんはそれでも食い下がろうとする。
「お言葉ですが、私には娘様が心から転生を望んでいるようには――」
しかしそれはすぐにお母様によって阻まれた。
「あなたねぇ、なんなんですのさっきから。本人も転生したいと言っているしお金も出すと言っているのにぐだぐだと。それが転生を望んで来ている客に対する態度ですか?」
「…申し訳ありません。ですが…」
ダメだ。このままじゃお兄さんが何か不利益を被るかもしれない。お母様は気に入らないことがあるとお金の力を使ってなんでもしてきた人だ。こんな私なんかのために誰かが犠牲になる必要なんてない。
「あ、あの…!私、本当に転生したい…です…。」
私はそれを阻止したくて狐島さんに訴える。「ほらね」と言わんばかりの勝ち誇った表情で、お母様は片側の口角だけ上げて笑う。そして狐島さんはしばらく私を見つめ黙った後、諦めの混じったような声で言った。
「かしこまりました。それではこれで手続きをさせていただきます。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。」
そうだ。仕方ないんだ。お兄さんは店員さんで強い立場ではないし、私の運命はもう決まっているようなものなんだから。
けれど最後の最後に私を味方してくれる人がいたというだけでも、ほんの少し心が救われるような気がする。ありがとう、店員さん。
こうして私の人生の終わりは、完全に避けられないものになった。
それからのお母様は、まるでバイキング会場で片っ端から食べたい料理を取りまくっているかのようだった。
新しく産まれてくる子供のステータスを決めているからだ。
性別は女の子、容姿は当然美しく。運動の才能・勉強の才能・美術の才能…。コミュニケーション能力やトーク力まで、必要なさそうな才能や能力までその全てをとにかく盛りに盛っていた。
バイキングと違うのは、一つ盛るたびに料金が増えているところだろう。けれどお母様はそんなの気にも留めない様子だった。どうせお父様のお金だし。
こうしてお母様の求める『完璧な娘』は完成していった。
『\127,300,000』
全てを合計したその値段を見ても、桁数が多すぎて一目見ただけではいくらなのか分からなかった。
「あら、意外とリーズナブルですのね。もっとかかると思っていましたわ。」
お母様はその安さに驚いていた。自分の価値観が狂いすぎていることに、本人はたぶん気付いていない。
「それでは最後に、こちらにサインをお願いいたします。」
狐島さんはそう言って、私の前に一枚の紙を差し出した。『転生契約書』と題されたそれに私がサインをすれば、何もかもが終わるのか。いや、新しい命が始まると言った方がいいのかな。
私はゆっくりと一字ずつ、噛みしめるように自分の名前を書いてゆく。
恐怖、不安、悲しみ、恨み…いろんな感情が子供の小さな胸の中で渦巻いて、とてもじゃないけど整理なんて出来そうにない。けれどそんな私の思いなんかは無視されて、転生は実行されるんだ。
署名を終えた契約書を狐島さんに渡す。
あぁ、本当にあっけない。こんなので私が歩んできた13年の短い人生は終わってしまうのか。
気付くと、私は笑っていた。
零れた笑顔の理由はこの苦痛から解放されるからなのか、混乱しているからなのか、それとも…。
…自分でもよく分からない。
次にお母様と会うのは、私があなた好みの別の誰かに生まれ変わった時だね。
その子はどうか幸せになれるといいな。
バイバイ、私のことが大嫌いなお母様――。
-転生者概要-
転生者氏名 :榊秀香
転生プラン名 :『カスタマイズ転生プラン(現代)』
プラン基礎料金:\44,000,000
転生先 :現代(日本)
転生方式 :産まれ直し型(\20,000,000)
追加オプション:母親選択オプション×1(\12,000,000)
容姿選択オプション×1(\7,200,000)
才能習得オプション×72(\44,190,000)
備考 :習得する才能の一覧は別紙参照
誕生後要経過観察
合計金額 :\127,390,000
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