CASE.2 佐倉美桜 1

「美人に転生して…っ、うっ…えぐっ…、イケメンに、モテたいですっ!」


仏田ほとけだ転生店…その店内のど真ん中、カウンターに腰掛けた私はしわくちゃの顔で号泣しながら担当者に訴える。


客たちの目が一斉に泣き喚く私へと向く気配がした。

やばい。ただでさえブサイクなのに、たぶん今ブサイクの最高打点出てる。反射的に両手で泣き顔を覆い隠し、見られたくないものに蓋をした。



私が幸せになれないのは全部この顔のせいなんだ。

小さな両目は距離が離れたくっきり一重瞼。顔の凹凸はのっぺり平坦で、そのくせ口だけ横に大きくて主張が強い。顔面を構成するその全てが忌々しかった。


なにが『美桜みお』よ。名前負けもいいとこだわ。

もはや自分の名前さえも憎かった。



「どうぞ使ってください。」

そう言って向かいに座る担当者がティッシュ箱を差し出してくれた。「ずみばせん」と一言断ってから、数枚ひっ掴みずびずばと鼻をかむ。


狐島こじま』と名乗った縦ストライプの派手派手なスーツの男性は、困り眉ながらもその狐目で優しく笑いながら続けた。

「当店はいろいろな事情を抱えたお客様がご来店されます。佐倉様のように感極まってしまう方もそう珍しくありませんので、どうかご遠慮なさらず。」

胸の中で弱りぶよぶよになった心に温かい言葉が染みわたり、再びじわりと視界が滲んでしまう。


けれど今の涙には安堵と嬉しさも混じっていた。

転生すれば、この顔面の呪縛からようやく解き放たれるんだから――。






「ご予算が『870万円』で、『』のプランをご希望ですね。」


ようやく泣き止んだ私に、狐島さんが本題へと入るため用紙を見ながら確認した。

これから私の未来について大事な話が始まるんだ。しっかりと話を聞かなければと気持ちのスイッチを切り替える。


そして早速気になるワードが現れたので質問をしてみることにした。

「その『変身型』というのが自由に自分の容姿を選べるプランなんですか?」

「左様でございます」と狐島さんは力強く肯定する。


容姿に悩む人たちの間で近頃ブームになっているのがこの『変身型』の転生プラン。顔だけでなく全ての外見を自分好みに選んで転生できることから、『メスを入れない美容整形』などと謳われ若い女性を中心に社会現象となっているほどだと言う。


私もそれ目当てで来店したわけだけれど、やっぱり心配なのは料金だ。私の有り金全て突っ込んでも足りなかったらどうしよう…。するとその内心を見透かしたかのように狐島さんが捕捉して説明してくれた。

「転生者ご本人様のお体をそのまま転生させる『トリップ型』プランと比べ、『変身型』プランは料金がややかさむことになります。ですが佐倉様からは十分なご予算をご提示頂いておりますので、ご心配いただかなくて大丈夫ですよ。」


良かった…。

いつもならこんな大金をつぎ込むことなんて躊躇うところだ。でもそんなことはもうどうでもいいのよ。

壮司君と結婚した時のためにと温めていた貯金だけれど、その使い道はもう、無くなってしまったんだから。



「それではまずはこちらをどうぞ。」

狐島さんはそう言って大きめのタブレット端末を手渡した。そこには下着姿の人体が3Dで表示されており、各部位に対しての選択項目が示されている。

これには見覚えがあった。彼がやっていたゲームの、一番最初にキャラクターを作る時のような画面だ。

そして狐島さんが言い放ったのは、最高にわくわくする一言だった。


「佐倉様の姿を、ぜひお好きなようにカスタマイズしてください!」


すごい…!すごいすごいすごいすごい!

つまりここで作った容姿そのままに転生することが出来るってこと…!?なんて夢のような…。でもこれは…現実なんだ!

興奮していると狐島さんが「どうぞ」とタブレットの操作を促す。いいんだ…。好きにやっちゃっていいんだ…!



それからの私はまるで数週間ぶりの餌にありつく野生動物みたいに、端末にかぶりつきでがっついた。時が経つのさえ忘れ夢中になって容姿をカスタマイズした。


まずは性別。これはもちろん女性。私はやっぱり女としてちやほやされたいの。

上背は平均的に。高くもなく低くもなく多くの人に広くモテそうな感じで。

胸やお尻も盛っちゃおう。男は結局これだから。

それでいてウエストはきゅっと締めて…、完璧すぎる体形が出来上がってしまった…!


そしてなんといってもこだわりたいのは顔だ。目・鼻・口の各パーツの形はもちろんのこと、些細な凹凸や配置まで細かく設定出来る。

私はスマホを取り出して憧れだった女優やモデルを片っ端から画像検索した。そして彼女たちの顔面を血眼になりながら研究し、鼻息荒くカスタマイズ画面へ反映させ理想を越える顔を作り上げていった――。




「お前、すっぴんがにそっくりなんだよ。」

何年か前の元カレが私を振った時に言い放った台詞だ。


同じように顔を理由にして何人もの男に振られてきた。でもそのたびに悔しさをバネに換えて努力を欠かさなかった。顔はアレかもしれないけどスリムな体形は維持し続けているし、肌や髪のケアのために費やしたお金も計り知れない。


当然メイクはありとあらゆる方法で研究し尽くした。毎月何冊も雑誌を買い漁り、動画でもいくつものチャンネルを登録して勉強を怠らない。

けれど、けれど結局、すっぴんを見せてしまうと何もかもが水の泡だった。


そんな私を壮司君は受け入れてくれた。素顔を見せても可愛いと言ってくれる優しい人で、何より私好みのイケメンだ。

付き合い始めて2年。やっと努力が実ったんだと思っていたそんな時、「他に好きな人が出来た。」と別れを切り出される。相手は私なんかよりずっと可愛い今どきのアイドルみたいな年下の女の子。


ふざけんなよ。こちとらもう28やぞ。今更どうするのよ。

結局、顔か。顔さえ良ければ、私はもっと幸せになれたのに…。

そんな全ての恨みつらみを、私はタブレット端末へと叩きつけた――。






なんだこれは、可愛すぎるだろ。

私の夢と希望を全て詰め込んだ、まさに理想の容姿の女性が出来上がっていた。

これが未来の私…!


窓の外を見ると日が暮れ始めていることに気付く。客足もまばらになっており、来店してから数時間が経っていることを確認した。やばい、やりすぎた。


「すみません!私、夢中になってしまって…。」

おそらく私がタブレットとゼロ距離にらめっこをしている最中、ずっとそこにいてくれたであろう狐島さんに謝罪をする。しかし狐島さんはまたしても優しく笑ってくれた。

「良いんですよ。いくらでも一緒にこだわりましょう。お客様に満足して転生して頂けるのが一番ですから…!」

じんと心の中で感謝を噛み締める。数時間の甲斐あって、妥協の一切無い完璧な容姿をカスタマイズ出来た。



「それでは変身後のお姿が完成したということで、次は転生する世界をお選び頂きます。」

止まっていた話を狐島さん再び動かし始める。そうか、まだ終わりじゃないんだ。

でも正直なところ、容姿さえ選べればあとは何でも良かった。モンスターが出て危険とかでなければ、転生先の世界にはそんなにこだわりは無い。


その旨を伝えると狐島さんはにやりと笑った。そして声を潜め、まるで内緒話でもするみたいに言う。

「それでは私から、イチオシの転生プランをご紹介させて頂きますね…!」









――ざわざわと微かに喧騒が聞こえる。

私は雑踏の真ん中に立っていた。


長い眠りから覚めたような、少し頭がぼんやりとした感じがする。私…どうしていたんだっけ。

そうだ。狐島さんの紹介してくれたプランが本当に良くて、そして『転生契約書』に署名をして…。


はっと我に返る。そして慌てて周囲を見渡した。そびえ立つビル群におびただしい数の人の群れ。いつもと変わらない東京の街…。

でも、ここは東京であって東京ではない…はずだった。


狐島さん曰くここは『パラレルワールド』の日本。今まで私がいた世界とは異なる全くの別物らしい。それを確かめるために、私は駆け出した。

ここが転生後の世界…?風景が変わらないあまりに本当にそうなのか区別がつかない。

確かめる方法があるとすれば…。


大きなショーウィンドウの前で急ブレーキをかける。息を切らしてこちらを見ているその姿が、自分自身であることをすぐに認識出来なかった。

そこに佇んでいたのは見覚えのあるあの絶世の美女。一流の女優やアイドルさえも霞んでしまうほどの、非の打ちどころの無い完璧な容姿の女性。


「これが…私…?」

宝石でも愛でるみたいに、自分で自分の頬を撫でた。

バイバイ。今までのブサイクな私。



道行く男性たちが振り返る。

転生して数分、私はすでにモテ始めていた――。









-転生者概要-


転生者氏名  :佐倉美桜


転生プラン名 :『美男美女に変身して旅立とう!外見実力主義社会の楽園へ』


プラン基礎料金:\6,400,000


転生先    :パラレルワールド(日本)


転生方式   :変身型


追加オプション:現金持ち込みオプション×1(\100,000)


備考     :現金持ち込み(\1,200,000)

        要注意物件


合計金額   :\6,500,000

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