第2話 よ〜いドン直前
2年生のスタート時刻は10時35分の予定。
パパとママは乗ってきた車を近くの公民館の駐車場に停め、時間を確認すると10時20分だった。
そこから小学校のグラウンドまでは歩いて5分。スタート前に少し話せる時間も持てそうだ。
公民館から小学校の北門に続く通学路には銀杏並木が植っていて、綺麗な黄色に色づいていた。
葉が落ちると掃除が大変だからと、葉が色づき出すと剪定してしまう行政もあるがここはそうではないらしい。
お日様の光を受けて檸檬色に輝く葉が、円錐形に整えられた樹形を保っていた。
まだ葉が落ちるには早い時期なのか、足元に銀杏の葉は見当たらない。
そのかわり、アスファルトの裂け目から顔を出す雑草を踏み分けながら北門に向かって歩き出すと、
「がんばれー!!」
「後ちょっとやでーーー!!」
通学路の歩道に何十人もの大人が立って手を振りながら声をあげている。
「パパ、上級生は学校の周り走るんやで!」
「ほんならみかおるんちゃうんか。」
立ち止まって近所の友達の5年生の娘を探す。
実際走っている子の親の前に出て探すのも気が引けるので後ろの方から首をめぐらしてみたけれど、それらしい子は見当たらなかった。
そしてすぐに、こんなところで立ち止まっている場合ではないことに気づき、
「パパ、早よ行かんとてるちゃんスタートしてまうで!」
と袖を引き、北門へと促す。
私たちも、あのパパの「5番以内に入ったら」の言葉で、俄然応援の熱が上がったようで、さらに年に1回の行事ということも相まってどうもふわふわしている。
北門を抜けて顔見知りのママさんたちに挨拶をしながらグラウンドを目指す。
体育館の脇を通り過ぎ、コンクリートから土のグラウンドに切り替わるあたりで整列して順番を待つ体操着の集団を見つけた。
赤白帽の赤をかぶっているのが1年生、白をかぶっているのが2年生らしい。
白い帽子をかぶる列の中にてるちゃんを見つけ近寄っていく。
いつもの通りてるちゃんはなかなか気づかない。保育園の時から、周りの子が全員気づいているのにてるちゃんだけお迎えに気づかないということがほぼ毎日。いつも誰かに
「てるちゃん! お迎えきはったで!」
と言ってもらっていた。
それは今も変わらない。
「てるちゃん! お母さんやで!」
お友達のゆかちゃんが肩を叩いて知らせてくれている。
キョロキョロしてから目が合うと、ホッとしたような表情で両手を差し伸べてきた。
まだ来ないのかな、と待っていたようだ。
「パパも来てるで。今日は限界突破やで! がんばれ! てるちゃん!」
ママの腰に抱きついてみぞおちのあたりに顔を埋めていたてるちゃんは、そのままウンウンと頷いた。
てるちゃんの頭をしばらく撫でたあと、体を離してママはてるちゃんの顔を覗き込んだ。
てるちゃんの、少し赤くなった目には不安の残りが映り、とがらした口元には非難がましさがあらわれていた。
少し来るのが遅かったかな。
お友達の親が続々と来る中、ギリギリで来たパパとママを待ちすぎて不安にさせてしまったようだ。
予定では35分のスタートだったが、子どもたちがスタートラインに並んだのは45分を過ぎていた。
その10分の遅れは、気持ちの切り替えが上手じゃないてるちゃんにとってちょうど良かったようだ。
さっきまでの儚げな表情は消し飛び、唇を引き結んで前を真すぐ見据えたその目には、剥き出しの闘志が燃えていた。
てるちゃんのマラソン大会 ポンちん @ponchin
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