1-7
「というわけでトキオ、いままさに出撃になっちゃったんだよね」
「え、え?」
「悪いんだけどついてきてくれるかい?」
一応、あたふたしているぼくを気遣ってはくれているようだが、それにしてもいますぐにここを出発しなければならないという強い意志をレッドさんからは感じた。
「鬼哭アルカロイドの存在形態が一定水準を超えてしまったから何とかしなくちゃいけなくて。まあこれがオレたち陰陽連合のメインの活動なわけなんだけど」
「何とかって、倒す、みたいな。昨日みたいな」
「まあ、そうだね。その辺の受け止め方は人それぞれなんだけど」
受け止め方?
レッドさんは、うん、と頷き、ぼくに優しく言う。
「オレが君を守る。オレの結界で君には何の被害も及ばない」
ぼくはビビる。
「被害が及ぶようなことなんですか」
「いやま、その辺の見解も人それぞれで」
「? ?」
「とにかく、トキオが攻撃されたりとかそういう展開には絶対にならない。これは保証する。麗子も明日香も、鬼哭アルカロイドを何とかすることよりもトキオを守ることを最優先事項に動いてくれるから」
「はあ」
「一応、今日は見学ということだし、せっかくだしオレたちの主活動を見てもらった方が理解が手っ取り早いと思うんだ」
「と言われましても」
「興味は、ある?」
柔和な笑みではあったがやや強く言われる。そう言われると、確かに興味はある。それはもちろん怖れも不安も危機感も圧倒的だが、ただ小さい頃から見ていた鬼哭アルカロイドに関して陰陽連合という謎組織が具体的にどういう活動をしているのかもいよいよ気になってきているし、それにレッドさんの“結界”が絶対の防御をしてくれるならと安心する気持ちにもなっている。何といっても、昨日から鬼哭アルカロイドを見ていないからだ。これも簡易型の結界術のおかげだからと言われれば、確かに説得力はある。
それにしても結構悩んだ。面倒なことになったらどうしよう。危険な目に遭ったらどうしよう。その危険というのが心身の、あるいは、生命の危険だったらどうしようと。しかし、だが——。
「じゃあ、よろしくお願いします」
結局、興味の方が勝った。
このドライなぼくも、やはり霊能力的超能力的な“戦い“というものにときめく幼心ぐらいはあるのさ。
レッドさんは頷いた。
「よし。それじゃあ行こうか」
「どこへ?」
「隣の部屋」
と、レッドさんはぼくを立ち上がらせて居間と隣接している和室へとぼくを案内した。麗子さんと相沢さんは襖の前に立ってぼくらを待っていた。
「安心してね、葛居くん」
「あなたの身の安全は保証するわ」
「はあ」
「それで、場所は?」
レッドさんの問いかけに麗子さんが答えた。
「町外れの神社ね」
見ると、襖の前にモニターが浮かんでいた。どういう原理かわからないが、SFアニメの戦闘シーンのようにモニターだけがそこに浮かんでいた。モニターにはこの辺一帯の地図が表示されているようで、その町外れの神社というポイントに丸い光が点滅している。よくよく見るとその神社というのはぼくの一昨年までの遊び場だった。いまは何となく行かなくなってしまったが、昔はそこで数人の友達たちとゲームなどしていたものだ。
「おし、じゃあ行くか」
と、レッドさん。
「うん。私たちもトキオくんを見ているけど、主な守護神は翔悟よ」
「任せてくれ。トキオ、安心していてくれよな」
「はあ」
「では、出発!」
そう言ってレッドさんは襖を開けた。襖の先には——。
暗闇の中に、道があった。
「え」
「霊道の一種だね。まあ目的地へ一気にワープできるわけだよ」
おいでおいでと手招きしながらレッドさんは説明した。女性陣二人はもう先へと進んでいる。
恐る恐るぼくは中に入る。ひんやりとしているようで、暖かいような、不思議な感覚に包まれた。ぼくらも前へ進んでいく。
「ワープねぇ」
「そう。転送装置というか」
暗闇の中、両側に炎の点いた蝋燭が並んでいる。この炎は誰にいつ点けられたのだろう。そしてこの蝋燭の蝋は消えてなくならないのだろうか。そもそもこの蝋燭は本物の蝋燭なのだろうか。そんなことを疑問視しながら、ぼくは訊ねた。
「こういう技術があるなら、普通に使えないものなんですかね」
「それは難しいね。少なくともこのアジトが認識できるレベルの霊力がないとこの霊道は利用できないから」
「なるほど」
少し説明した方がいいだろう、とレッドさんは呟き、ちょっと考えたのちさらにぼくに説明を始めた。
「オレたちは別に世界平和のために戦ってるわけじゃないんだよね。世界的な組織ではあるんだけど。だからこの技術を世の中のために応用しようとかそういう意識は特になくて。どのみち力のない者には使えない前提の技術だっていうのもあるんだが」
「ふうん」
「とは言っても、さっきから何度も言ってるようにその辺の見解、受け止め方、考え方は人それぞれで、自分が鬼哭アルカロイドを“殲滅”することによって世界の平和が維持されるっていうふうに思ってるやつもいるし」
「ファンタジーだ」
「一方で、鬼哭アルカロイドが存在していることでこの世界の平和が維持されているっていうふうに思ってるやつもいるし」
「真逆ですね」
「そうだね、真逆だね。それでも——鬼哭アルカロイドを認識することができる、というただ一つの共通点が、オレたち陰陽連合が連合たる理由さ」
「それであの」
「何だい」
「結局、鬼哭アルカロイドって何なんですか?」
そのぼくの根元的な質問に、レッドさんは歩きながら腕を組み、う〜ん、と、唸ってしまった。
「まあ、トキオ次第かな」
「え?」
「とりあえず、ついたよ」
霊道は外へと繋がっていたようで、ぼくらは神社へと辿り着いたようだった。暗闇の先に穴が空いているかのように外の空間が見え、そこへと足を踏み入れる。外は昼間。別に時間を移動するとかそういうことではなく空間を移動しただけのようだ。
ということはここは屋外、ぼくらはスリッパを履いていた……ということに気づいて足元を見ると、いつの間にか四人とも同じ靴を履いていた。
「靴」
「そう。霊道を通ると自動的にこの靴を装備することになる。この靴、脱ごうったって脱げないんだけど、脱いじゃだめだよ。霊道を帰れなくなるから」
「帰れなくなったらどうするんですか?」
「自力で帰るしかないね」
最終的に帰ること自体はできるようなのでぼくはややホッとする。
というわけで神社を見渡すと、そこには——“あれ”がいた。
しかも十体ぐらい、人間大からライオンぐらいまでの大きさまで、多種多様ではありながらも異形の怪物たち鬼哭アルカロイドが神社の敷地内をうろうろしていた。うろうろはしていたが、具体的になにをしているのかはよくわからない。特に破壊活動などは行なっていないようだ。もちろん異形の化け物が街中に出現したわけだからこのまま放っておいてはいけないというのはわかる。ただ、直前でレッドさんが世界平和の維持がどうとか言っていたことを考えるとずいぶん穏やかな怪物たちだ。物凄くよく言えば野良猫野良犬と同じようなものにぼくには見えた。
「まあ、なにはなくとも存在していること自体がヤバいわけだよ」
と、レッドさん。そのレッドさんをふと見ると、いつの間にか手に、薙刀を持っていた。昨日は光の棒にしか見えなかったが、いまははっきりと薙刀に見える。だがしかしそんなことより気になるのは、その薙刀はいつから持っていたのかということだった。さっきまでなにもなかったはずなのに。
「その、薙刀」
「これは武法具という。オレたちの武器だね」
武法具。武器。
「二人を見てごらん」
相沢さんは扇を広げて佇み、麗子さんは大太刀を持って静かに立っていた。扇は武器と言えるのだろうか。というか扇は収納可能だとして、麗子さんもこんな巨大な武器をどこから取り出したのだろう。
「みんな、自分たちの好みの武器にカスタマイズしている。トキオもそのうち好きな武器に好きなようにアレンジしてごらん」
「はあ」
「好きな武器とかあるかい」
この十二年余りの人生で“好きな武器はなにか”というテーマを考えたことはなかった。
「まあ、何でもいいんだけどね。自分にしっくりくるものであれば。ただ武法具があった方がやりやすいっていうのもあるし」
「やりやすいって、倒すとか殲滅とか?」
「それに、霊力を使うことも容易だ。というわけで、麗子、明日香」
「はい」と、二人は振り返って返事をする。
「それじゃ、麗子は右側。明日香は左側をそれぞれ担当してくれ。オレは中央。鬼哭アルカロイドの抹消よりもトキオを守ることが最優先事項だ」
「了解!」またしても二人揃って返事。
ぼくの方を振り返り、レッドさんは、ふふ、と笑いかけた。
「結界を張るよ」
「お願いします」
レッドさんはぼくの頭に右手を差し出した。熱い。エネルギーのようなものを感じる。
「頑丈で強力だよ。標的はトキオに指一本触れられない。と同時に、トキオもやつらに触れられない。要するにお互いに一切干渉できなくなるわけだ」
「願ってもないことです」
しばらくして、やがて結界の展開は完了したようで、レッドさんはウインクをしてグッドサインを示した。
「ま、あれだ。オレに任せな」
レッドさんの左目は昨日と同じように赤く輝いていた。その不思議な赤い色に、ぼくはどこか落ち着いていくのを確かに感じるのだった。
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