1-8

 向かって右側を担当している麗子さんを見ると、彼女が鬼哭アルカロイドに近づくとそいつも麗子さんに近づいてくる。そして麗子さんに接触しようとしている。それは攻撃をしようとしているのだろうか? よくわからない。しかし麗子さんは綺麗な所作で大太刀を振ってそいつを倒す。ある程度“ダメージ”を与えたのだろうか、と思った辺りで、そいつは光を放って跡形もなく消滅した。これで処理は完了したということだろうか。よくよく見ると麗子さんの刀は木や石に直撃しているというのにお互いに何のダメージもないようだった。素通りしている、ということだろうか。一体どういう原理でどういう理屈なのだろうか。

 左側の相沢さんを見ると、彼女は二体の鬼哭アルカロイドを同時に相手にしているようだった。そいつらも彼女に接触しようとしており、相沢さんは扇で対戦している。どうやら彼女の扇は鉄扇のようで、おそらく合気道を使っているらしい。接触してくる鬼哭アルカロイドに相沢さんはややしかめ面をしていた。ダメージを受けている、ということなのだろうか? その割には傷を負ったりはしていないようだがこのしかめ面はなんだろう。とにかく相沢さんは華麗な舞を舞うように二体の鬼哭アルカロイドを倒し、またしてもそいつらは光を放って消滅した。必殺技の名前を叫んだりするとかっこいいんじゃないかな、と、ぼくはぼんやり明後日の方向でものを考えた。

 中央のレッドさんに目をやる。彼も薙刀を振って目標を討っていた。やはり薙刀は地面に直撃しているというのに地面は抉られることもなければ薙刀に衝撃が加わるわけでもなさそうだった。以前テレビで見かけたことがあったが、薙刀女子の動きが曲線的であるのと対照に、レッドさんの動きは直線的だった。薙刀男子がそういうものなのか、レッドさんがそういうものなのかはぼくにはわからないが、とにかく力強く美麗な動きで次々に鬼哭アルカロイドを消滅させていく。

 神社の境内を見ると、参拝客のお婆さんと業者のおじさんが挨拶し合っていた。「すみません掃除中に」「いえいえお参りをどうぞ」などと言っているようだった。どうやら彼らにはぼくらは見えないらしい。ふとぼくは、自分は霊道を通りこの靴を履いたことでこの世のものではないなにかに変化してしまったのだろうかと思ったが、その割には地面を歩いているし普通に呼吸をしているし、春の陽の光は暖かいし爽やかな風を感じる。となるとどうも都合のいいように変身しているのだろうかと思う。こういう場合、対鬼哭アルカロイド用に変身したというか。

 目の前を覗くと次の鬼哭アルカロイドとは間があったのでぼくはそれをレッドさんに訊いてみた。すると彼はぼくが特別な疑問を抱いたわけではないようにあっさり答えた。

「霊道を通った場合、そうなる。この靴がいい証拠だよ」

 考えてみれば昨日はそのままぼくを助けてくれていた。

「他の人には見えない?」

「そう。ただ、霊道を通らない場合、人払いの術をかけるからね。それに霊力が高まっているときは特殊な電波みたいなものを発するから監視カメラにも映らない。だから一般人にバレることはない」

 人払いの術。特殊な電波で観測されない。便利な能力だが、これもやはり普通の日常生活では利用できない技術なのだろう。

「よくわかりました」

「理解が早くて助かるよ。今日は見学ってことだけど、そのまま入隊してくれるとありがたいな」

「でもぼく、相沢さんたちみたいなことはできませんけど」

「いやあ、慣れだよ慣れ。トキオも必ず戦えるようになる。もちろん、オレたちならそれを教えてやれる。トキオ自身の身の安全を守るためにね」

「はあ」

「さっきも言ったけど、なにか自分専用の武器を考えておいた方がいいよ」

「武器ねぇ。というかレッドさんたちはその武器は一体どこから」

「これはねぇ——おっと、その話はまた後で」

 と、次の標的がレッドさんに近づいてきたため、またしてもレッドさんは薙刀を振り払う。

 三人が次々に鬼哭アルカロイドを消滅させていく中、ふとぼくは、これって別にファンタジーなことでもなんでもないんじゃないか、という気になってきた。

 たぶん、ぼくが見学ではなく単に第三者視点でこの光景を見ていればファンタジーなものを感じたのだろうと思うが、レッドさんも麗子さんもあくまでも事務的に処理しているようにぼくには見える。ただそれが自分の仕事だから、こなす。それだけの作業にぼくには思えた。確かに異形の怪物が相手だ。とてもファンタジーだ。ただそれだけなら例えば野生の熊を撃退するというのと特に変わらない。現実はあくまでもリアルにできていて、霊道がどうの不思議な靴がどうのどこから取り出したかわからない武器がどうのというファンタジーな要素はあれどこれが彼らの日常の一端であることがぼくにはありありとわかった。それはやはり、彼らがからだった。慣れれば、慣れる。たとえファンタジーなことであろうとそれは変わらない。

 などということを考えていたら、結局彼らによって鬼哭アルカロイドは全て消滅させられていた。参拝客のお婆さんはぼくとレッドさんの横を何の違和感があろうかといった感じで素通りしていき、やがて神社から帰っていった。いまこの場にいる“一般人”は掃除に来たらしき業者のおじさんだけだった。

「さて、それじゃこれで完了かな? 気は感じないけど」

 “気”ね。

「そうね。モニターにも映ってないし」麗子さんの前にはアジトの襖にあったようにモニターが浮かんでいた。「これでコンプじゃないかしら」

「おっけ。それじゃ、いつものやーつ」

 いつものやーつとは何だろう、と思ったタイミングで業者のおじさんが神社の扉を開け、すると——。

 中から巨大な鬼哭アルカロイドが飛び出し、レッドさんに向かってきた。

「危ない!」

 いま思えば別にぼくが前に出なくてもレッドさんたちなら難なく対応したのだろうが、そのときのぼくは必死だった。レッドさんたちはぼくの方を向いていたし、鬼哭アルカロイドはまるで猪のように凄まじいスピードでぼくらの方に突撃してきたから、その突進してくる様を目の当たりにしたぼくはどうしても冷静に考えられなかったのだ。だからぼくは身を乗り出し、レッドさんの横で右腕を伸ばし、すると——。


 空から大量の木槌が降ってきた。


「な、なんだこりゃハンマー⁉︎」

 どこから降ってきたのか、現れたのかわからないが、大小種類様々な木槌が大量に鬼哭アルカロイドに一気に降り注ぎ、そいつを押し潰した。やがてぼくはなんとなく、あ、これで本当に処理は完了したな、と、直感的にそう思った。

「……」

「……」

 三人は目を真ん丸にさせて木槌の山を見つめている。

 ぼくはなにが起きたのかわからない。わからないが、どうも、この木槌——ハンマーは、ぼくの仕業のようであることだけは、わかった。

「これ、トキオがやったの?」

「え」

「状況的にそうとしか思えないわ」

「はあ」

「召喚なのか、創造なのか、わからないけど」

「むむ」

 レッドさんは口元に指をやって考え込む。

「ちょっとこれは……どうもトキオは……」

「……ぼくは?」

 なんだろう。ぼくは何なんだろう。

 数秒後、レッドさんはつぶやいた。

「興味深い」

 ややずっこけた。なんだ、わからないのかい。

「はあ」

「でも、とにかくトキオ、助けてくれてありがとう」

「いや別にぼくはそんな」

「いやいや。誇っていいことなんだぜ。トキオが倒してくれなかったらオレがやられてたかもしれないんだもの」

「そうかなぁ」

「そうさ。んでまあ、結局、こいつがラスボスだったわけだな」

 女性陣二人は気を取り直してレッドさんの言葉に反応した。

「そうね。なにかの拍子であの中に入って、それで閉じ込められて、神社は一種の結界だから閉鎖空間の中でエネルギーが膨張して……」

「それで、今日に至ったわけだね。結界の隙間から外に漏れ出して、たくさん出現しちゃったと」

「そういうことだな。まあこれで報告はできるとして——それでこのハンマー、どうしようか」

「う〜ん」と、二人は考え込んだ。

「トキオ、消せるかい? ってあれ、トキオ、結界は?」

「え?」

「オレの結界が消えてる」

 言われてみれば確かにそのようだった。

「さあ」

「ふむふむ。いよいよ興味深い」

「はあ」

「でまあ、トキオ。このハンマーをどうにかしてほしいんだがね」

「と言われましても」

 レッドさんはにっこり笑ってぼくの両肩を掴んだ。

「昨日と同じだ。精神統一。一点集中」

 というわけでぼくは見えない壁を消滅させた昨日と同じように、霊力を一点集中してみる。消えろ、消えろと念じながら、ぼくは自分の中で熱が高まっていくのを徐々に感じ始めた。

「ほんと、なかなかの逸材ね」

 麗子さんの声にややぼくは嬉しくなる。

 とにかく——精神統一。一点集中。このハンマーの山を消すことを考える。そして——。

「消えろ」

 と言うと同時に、ハンマーの山は消滅した。鬼哭アルカロイドも存在していなかった。

「なるほど」

「なにがですか」

「興味深い」

「はあ」

「というわけで、これにて本当に今回のミッションクリア! コンプリート! と言うわけで、いつものやーつ、いくか!」

「そうね。新入隊員も加わったことだし」

「これからよろしく、葛居くん」

「あの、いつものやーつとは一体」

 するとどこからか一眼レフがするすると降りてきて、ふよふよと浮かびながらぼくらの前で撮影の準備を開始した。

「なんだこれ?」

「まあまあいいからいいから。トキオもこっちにおいで。行くぞ! 合言葉は、イエース‼︎」

 なにがなんだかわからないぼくをそのままにみんなでポーズを取り、カメラはパシャリと撮影をしたと思ったら消えてなくなった。

 そして風が吹き、桜の花びらが舞い散る。

「やれやれ」

 ちょっと疲れてしまったが——しかし、昨日と同じように、ぼくは圧倒的なストレスの解消を感じていた。霊力を使うとストレス発散になるのだろうか? それはわからないがいずれにしても、まあ、こういうリフレッシュの方法として陰陽連合に参加するっていうのもアリなのかなぁ、などとぼくはぼんやり思った。


 ——というわけで、ぼくと陰陽連合、そして鬼哭アルカロイドとのちょっと不思議な毎日が、これから始まるようだった。わからないことだらけだが、それでもぼくも興味深かった。どんな日常が始まっていくのか、不安と期待がぼくの胸にいっぱいになる。まあ、できるだけ安心安全に前に進めていけたらいいんじゃないのかな、と、ぼくは切に願うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る