1-6
「それじゃ、入って入って」
と、レッドさんはぼくをアジトに招待した。ぼくは不安と期待を両方抱きながら、門を潜り、レッドさんの開けた扉を開いて玄関に入った。
「ただいまー」
靴を脱ぎながらレッドさんがそう言うと、奥から「お帰りなさい」と声がして、そして女の人が現れた。
「ずいぶん早いわね。有給? ——あら」
その人はぼくを一目見て、興味深そうに口元に指をやった。
「新入隊員?」
「一応、見学だよ」
「そう。よかった」
よかった、とはどういう意味だろう。
「こんにちは」
きれいな人で、きれいな笑顔だった。
「こんにちは」ややビクビクしながら反射的にぼくは挨拶する。
「初めまして。私は
「葛居時生です」
「トキオくんね。いままで大変だったわね」
おそらく鬼哭アルカロイドに接していたことを言っているのだろう。
「もう安心よ。ここなら仲間がいるし、対策も考えられるし、戦い方もわかるわ」
穏やかでないワードが噴出し、ぼくは怪訝な表情をした。
「戦い方?」
「まあその話は後ほど。とりあえず中に入ろ」
おいでおいでと手招きしながらレッドさんと景山さんなる女性はぼくを中に案内した。ぼくも靴を脱ぎ、いよいよアジトに入る。
玄関から左のドアを潜ると、ぼくは違和感を覚えた。
広い。
「空間を捻じ曲げてるからね」と、レッドさんはぼくの疑問を先読みして答えた。「外観より中は相当広いよ」
これはちょっと、自分がすごい存在になったような気にぼくはなる。ぼくもやはりまだまだ中学一年生の子どもだ。漫画など虚構の世界に特別興味があるわけではないが、それにしてもファンタジーなものにときめくぐらいの感性は持っている。
しばし廊下を歩き、居間に到着する。
「座って座って」
椅子にぼくを座らせ、レッドさんと麗子さんは顔を見合わせたのち、改めて挨拶した。
「改めましてこんにちは。陰陽連のレッド・ウィリーです。一応ここの隊長です」
「景山麗子です。よろしくね、トキオくん」
「どうも」と、ぼくも挨拶をし直した。「葛居時生です」
「まあ、これからいろいろあると思うけど、頑張ろうな」
と、レッドさんはグッドサインを示した。
「いろいろって?」
特になにも表情を変えずレッドさんは答えた。
「まあこの世界も普通に普通の世界だってことさ」
「?」
「トキオくんは中学生だよね」
と、景山さんがぼくに質問を投げかけた。
「はい。すぐ近くのあそこの」
「ふんふん。一年生?」
「そうです」
「じゃ、昨日が入学式か。あの二人の同級生ね。クラスメイトだったりして」
「?」
あの二人とは誰のことですか、と訊ねる前に、彼女はさらに質問する。
「鬼哭アルカロイドはいつから見えてた?」
「え。物心ついたときから……」
「確かに霊力が強い」
「はあ」
「ピークに達するのは相当先ね。何だか嬉しくなっちゃう」
なにを嬉しがっているのかよくわからず、今度はぼくが質問をしてみた。
「景山さんは」
「麗子でいいよ」
「麗子さんは、いつからここに?」
と訊くと彼女はなぜかため息をついた。
「もう十六年になるの」
さめざめと言うのでぼくはどうしても気になる。
「それはため息をつくようなことなんですか?」
「私はもう、ちょっと、今年で二十七歳なんだけど、普通なら引退年齢なのよねぇ……それはもちろん、ピークは過ぎてるんだけど、いつまで経っても霊力がなくならない……」
「?」
「麗子麗子。トキオはまだ右も左もわからないんだから」
「ああ、そうだったわね。私としたことが」気を取り直したようで、麗子さんはレッドさんに顔を向けた。「翔悟はどこまで教えてあげたの?」
「ざっくりと陰陽連の歴史と、簡易型の結界術を教えたぐらいだよ」
そういえばレッドさんの本名は翔悟さんだった。何でまたレッド・ウィリーなどと名乗っているのだろう。いまここで麗子さんの言葉に何の反応も示さなかったぐらいだから特に自分の名前を嫌っているわけではなさそうだし。
「やっぱり具体的なことは活動の中で知っていってもらった方がよさそうね」
「そうだね」
活動? さっきからよくわからない言葉が飛び出てくるが、結局ここはどういう場所で、この人たちは日々なにをしているのだろう。そういえばレッドさんは有給を使っていまここにいるようだが、麗子さんの職業は何なのだろう。と思って、ぼくは訊ねてみる。
「麗子さんは、普段はなにを?」
すると彼女は答える。
「私はシステムエンジニアなのね。フリーランスの」
「ああ、なるほど」
麗子さんはくすっと笑った。
「結局、霊力がどうの言っても、生活はどこまでも続くのよね」
「ただいまー」
そこで女の子の声が聞こえてきたので、おやと思ってぼくはドアを見る。
「あ、来た来た」
「ただいま。誰か来てるね、もしや新入りさん?」
ガラッとドアが開くと、そこにセーラー服の女の子が現れた。
ぼくを見て目を丸くして、やや考え込んだのち、すぐにうんうんと頷いた。
「やっぱりね。葛居くんか」
「え?」
「ああ、やっぱり明日香の同級生だったのね」
「そう。しかもクラスメイト」
「あら。すごい偶然。
「別々。あの子いつ来るかな」
「ロケに行ってるって言ってるけど。LINE来てたよ」
「学業優先じゃないなんて、やっぱり芸能界は異常だね」
そこで、三人のやり取りを見ていたぼくに、彼女は近づいてきた。
「葛居くんだよね。一年一組」
「え?」
「さすがに入学式の二日後じゃクラスメイトといえどもわからないか」
「え、え?」
と、彼女はぼくに挨拶をした。
「一年一組出席番号一番、相沢明日香です」
ぼくは頭をフル回転させるが、どうしてもわからないし、クラスメイトの顔と名前が一致しない。一致しないが、そういえば名梨が「クラスメイトの相沢さんがずっとおれのことを見ている」と言っていたことを思い出す。
「昨日見かけたとき……というか、入学式の段階で君のことが気になってたの」
「えっ」
「すごく霊力が高まってる……これはもう襲撃されるレベルだなって。だから間もなくここに来るなって思ってたよ」
なんだ、と、ぼくは心の中でガックリすると同時に、“気になってた”という言葉でいちいちときめいた自分を戒めた。これでは名梨と同じではないか。と考えたとき、相沢さんは名梨ではなく名梨と一緒にいるぼくを見ていたということに気がついた。やれやれ名梨よ、とりあえずお前のモテ期はまだ始まっていないようだぞ。そんなことを思いながらぼくは彼女の言葉に反応した。
「相沢さんも、その、陰陽連の」
「そう。私は一昨年からずっとここにいるの」
「そうなんだ」
「葛居くんもすぐに慣れるよ。まあ油断大敵ではあるけど」
そこでぼくはちょっとビクビクしてしまった。
「その、さっき、“戦う”とか、何とか」
「それもあるけどまあやっぱり人間の悩みの八割は人間関係だから」
「え?」
「ま、それにしてもやっぱり、なんだかんだ、付かず離れずが基本なのかな。そうだ。そういえば葛居くんって——」
そのとき、アラーム音がどこからか鳴り響き、壁にかけられていた赤いランプが点滅し始めた。何だ?
「ああ、警報鳴っちゃったな。トキオが来たばっかりだって言うのに」
警報?
「しかしそれでも出動せねばならぬ」
「トキオくんも一緒に?」
「まあ結界は張れるし、今日は見学だし。連れてった方が理解も手っ取り早いかな」
「そうだね。葛居くん、大丈夫だよ。隊長の結界は頑丈だから」
「え? え?」
相沢さんはぼくに大丈夫だよなどと言ってくれるがこのアラームと赤い点滅はとても大丈夫そうには思えなかった。
「ではっ、陰陽連合、出撃!」
と、レッドさんが声を上げると、女性陣二人は、
「了解!」
と返す。
ぼくはオロオロしながら、あたふたしながら、目をくるくるとさせて三人を見る。何だなんだ? なにが起きたんだ? 警報? 出撃? 了解? なにがどうなってる? これからなにがどうなるんだ?
三人は大丈夫だよ、とぼくに優しく視線を投げかけるが、しかしぼくはどうしても大丈夫そうには、やはり思えなかった。
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