1-4
「おーい、フジ。一緒に帰ろー」
翌日。正午になり帰宅しようとしたぼくをクラスメイトの
「今日は予定があるんだ」
「つれないなぁ。せっかく友達になれたのに」
この名梨、昨日の入学式の時点からぼくに話しかけてきていた。たまたま席順が前後していて、ボールペンを忘れた彼にぼくが貸してあげたのがきっかけである。それから昨日今日とめちゃくちゃ馴れ馴れしく接してくる。別々の小学校であり、会ったことはない少年なのだがまるで十年来の親友かのような態度だ。別に悪い気はしないのだが、これが陽キャパワーかと思うとちょっと身構えてしまう。彼が言うには「『な』と『ふ』で出会えたんだからおれたち運命かもしれないぞ」とのことだが単に少子化の影響なのではないかとぼくは思う。
もっとも早いうちに仲良しができたことはよかった。同じ小学校出身の友達たちもいることだし、あとはいじめられたりしないように気をつけていればいいだろう。
「なーフジ。お前、部活はなににすんの?」
今日も昨日と同じで午前中に行事は終わった。授業は明日からだ。
「別に特に決めてないけど」部活は強制ではない。
「おれバドミントン」
「そうなんだ」
「一緒に入ろ」
「考えとく」
「マジで?」
目をキラキラとさせている。まずい、社交辞令のつもりだったがこのままではぼくもバドミントン部に入ることになってしまう。ややあたふたしながらぼくは答えた。
「いや明日から部活見学でしょ。一通り見てから決めるよ」
「あー、そうね」ややシュンとする。「じゃ、考えといてね」
「了解」ぼくはホッとする。
「それにしてもさぁ。明日テストなんだよなぁ」明日はとりあえず算数と国語の学力テストがある。それが終わってから本格的に授業開始だ。「さっそくテストなんて参るよなぁ」
「そうだね」
「フジ、自信のほどは?」
「まあまあ」学力に関しては良くもなければ悪くもない。「名梨は?」
「おれは自信あるよ」
意外だった。特に堂々ともせずあっさりと言い退けた。見た目通りの成績不振かと思ったのに。
「そうなんだ」
「志望校に行けるといいなぁ」
中学生になったばかりだというのにもう進路を考えているとは驚きだ。
「フジはなんか夢とかないの」
「夢ねぇ」
「え、夢ないの?」
ちょっと考えてしまう。『将来の夢』という作文でも普通に生活できたらなんでもと書いて先生に謎の注意をされたぼくに大した展望はない。
「名梨は?」
「ユーチューバーかな」
子どもらしいといえば子どもらしい将来の夢である。
「まあ叶うかどうかは別として、夢があるのはいいよ、うん」
「そうかな」
「じゃない? 夢を追ってる最中は貧乏でも気にならないでしょ」
「わからなくはないけど」
「まあかっこいい大人にはなりたいよね」
一瞬、レッドさんが頭をよぎった。普通の会社員であり、かつ陰でなにか奇っ怪なものと日々戦っている……というのは、果たしてかっこいいだろうか。物語的にはかっこいいのかもしれないが、しかし昨日のレッドさんの様子を見ると特にかっこよさは感じなかった。淡々と“あれ”——鬼哭アルカロイドと接していたように思う。それとも命の危険や、あるいは世界が滅亡するとかそういう展開もあったりするのだろうか? しかしぼくはなんとなく、それも含めて彼の日常生活、という感触を得ていた。
ファンタジーなことをしているからといって、しかし例えば会社員として日々働かなければ人間の生活を維持していくことはできないはずだ。
「ああ、あと外国に行きたいかな」
唐突に話題を切り替えるやつだ。
「外国ね」
「おれ去年沖縄に行ったのね、夏休みに」
やや長い話が始まりそうなのでぼくは身構える。
「うん」
「そしたら海の向こうに台湾が見えてさ。あー、あそこの島にはおれたちとは違う言葉で、おれたちとは違う文化で、おれたちとは違う生活スタイルを送ってる人たちがいるんだよなぁって思うとなんかときめいちゃって」
「せっかく沖縄に行ったのに」
「いや沖縄も沖縄で異文化だったけど、やっぱまあ普通に日本なわけでさ。いや沖縄すげーよかったよ」
「よかったね」
「おれは異文化にときめくタイプなのだなと自覚したよね。台湾もそうだけど世界に出たいや」
「異文化ねぇ」
「そうよ。やっぱ人は人それぞれ考え方っていうか、ものの見方が違ってる方が面白いよね」
「でもだから戦争とかになるわけでしょ」
「だからそこが問題だよね。バラバラのものがバラバラのままで在ることはできないのだろうか?」
「なんか難しいこと考えてるね」
「でもそうは言っても方向性が定まってる必要はあるしなぁ。みんな人それぞれなのも大切だけどみんなで一丸となって取り組むってのも重要じゃん?」
ちょっとテーマが複雑になってきた。こいつ、見た目はチャラいくせに随分と難解なことを考えながら生きているようだ。自分で言っている通り成績もいいのかもしれない。それなら今後勉強を教えてもらおうかな、とぼくはなんとなく思った。
「あとはまあ、メジャーに彼女が欲しい」
話題を切り替えてくれてぼくはホッとした。しかしその切り替えられた話題もなんだか複雑な展開になるんじゃないかと注意深く名梨に付き合った。
「彼女ね」
「遥か彼方の女といえば、
相沢さんとは誰だろう。
「誰それ」
「えー、クラスメイトで、出席番号一番の。
昨日今日でよくクラスメイトの顔と名前を一致させられるものだ。ぼくは小学校からの友人知人以外ではまだこの名梨しかわからない。
「わかんないな」
「まあその子が今日ちらちらとおれのこと見てんの。やべー、中学生になってからモテ期始まってんのかな〜」
「たまたま視線の延長線上にいただけじゃないの」
「そんなこと言うなよぉ」
「それにしてもあんまり展開を急がない方がいいと思うけど」
「お、なんか悟ったようなことを」
「よく言われることでしょ」
「まあな。じゃあまあおれも帰るかぁ。また明日なー」
「うん。また明日」
と言ってぼくらは別れた。まあちょっとばかり騒がしいやつだが、悪いやつではなさそうだしこれから友人として親睦を深められたらと思う。
——さて。
これからぼくは約束の場所に行かなければならない。
不安はすごくある。でも、期待も同じぐらいある。
危険性を感じた上で、メリットデメリットを考慮して、その上で最終的にどうしたいかを決めること。
ちょっと考えすぎているのだろうかとも思うが、しかし考えすぎて問題があることではないし、むしろ考えすぎるほどに考えるべきことだとぼくは思う。いくら生来の悩み事があって、同じように悩んでいる者同士であっても——。
見知らぬ人間についていくとは、そういうことだ。
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