第12話 幼女の名前


「みんな集まって何してたの?」


 塔子先輩が遅れてやってきた。幼女に逃げられた久坂を倫子ちゃんが慰めているから、説明するのにちょうどいい。でも、まずは幼女に出てきてもらわないと。


「この人が塔子先輩。この部屋の主だ」

三門みかにゃん、誰に言ってるの? あれっ、女の子?」


 想像通り塔子先輩の名前を出したら、幼女は姿を現して観察を始めた。久坂と違って、昨日から名前を教えてたからかな。


「ちょっと六道さんから依頼を受けて、昨日横浜腐界から連れ帰ったんです」


 塔子先輩はちらっと倫子ちゃんの方を向いた後、再び俺に視線を戻した。塔子先輩だったら、昨日デートがキャンセルになったのを察してくれたはずだ。


「それ大丈夫なの? その子から、なんかすごい力を感じるけど」


「今のところは。不安はあるんですけど、正直俺じゃなくても対処できなさそうなんで、好きにさせるしかないんじゃないかなぁと。それで、ちょっと今朝ニュース見て感じたことがあって聞いてほしいんですけど、その前にこの子の名前をつけるの手伝ってもらえませんか? ないと色々不便なんで」


「先輩はそういう才能なさそうですもんね」


 復活した久坂がほとんど凹凸のない胸を張った。いやまあ、その通りなんだけど、もうちょっとオブラートに包んでほしい。倫子ちゃんも幼女に夢中でたしなめてくれないし。


「う~ん。表情は日本人なんだけど、肌はちょっと褐色なんだよね~」

「髪質は欧州っぽいですよね。細毛ですし」

「顔はインド系も入ってません?」


 女性陣は幼女を囲んで、姦しくあ~だこ~だとやっている。幼女は戸惑ってる印象を受けるけど、そわそわしてて仲間に入りたそうにしてる気もする。話し合いの結果、いくつか案をだして、いいのがあれば幼女に決めてもらうことになった。俺は完全に蚊帳の外だ。しばらくすると、塔子先輩がこっちに顔を向けてきた。


「三門にゃん、名前選んだって」

「どうなりました?」

「まだ聞いてない。これから発表」


 幼女が俺の前に飛んできて、顔を伏せた。


『きまった、よ』

「うん」


『スフィ、だよ』


「へぇ、可愛い名前じゃん」

『ん』


 はっきりと表情には出さないけど、喜んでるに違いない。頷く角度がこれまでで一番大きい。


「それで、三門にゃん。聞いてほしいことってなんなの?」


 ああ、そうだった。塔子先輩にニュースのことを聞いてもらうんだった。ところが話し出そうとすると「ちょっと待ってください」と倫子ちゃんが俺を遮った。


「あのっ。迷ってたんですけど、私、オカルト探求部に入ることに決めましたっ」

「マジで!? 大歓迎だよっ!」

「マジですっ」


 なんてこった。部室に爽やかな風が流れてきたぞ。


「倫子、あからさま過ぎ。スフィちゃん怖がってるよ」

「そ、そんなことないって」


 いや、どちらかというとスフィは久坂に厳しい視線を向けてるぞ。


『ちゃん、いらない』

「あぁ、スフィが大人ぶってるっ。もうっ、可愛すぎっ」


 倫子ちゃん、性格変わってるじゃん。スフィを抱きしめたいのを我慢してるのだろうか、くねくねと悶えている。理性で押しとどめてる倫子ちゃん、全然ありだ。


「それじゃ、私も入ろっかな。なんです、先輩? その視線は」

「理由を聞かせてもらおうか」


「なにゆえ私だけ? まあいいけど。横浜腐界のこともあるし、安全のためにも幽霊について詳しくなりたいなと思ったので。メディアの情報と違うことも知ってるっぽいし、家族にも伝えたいなと。これじゃ駄目ですか?」


「なんてまっとうな理由なんだ。よろしい、許可する。俺の話をありがたく傾聴するがいい」

「はいはい、どうも」


「それじゃ、書類を渡すから学生課に提出しといてね。うちは補助金とか貰ってないけど、部室の使用権利に関わるからさ。じゃあ、三門にゃん」


 塔子先輩がやや強引に話題を終わらせて、居住まいを正した。さて、ここからが本番だな。


「そうっすね。それじゃ、聞いてもらうんですけど、その前に今日のニュース見ました? 腐界に繋がるゲートが発生しなくなったって」


「見たけど、詳しくは知らないかな」

「私も見ましたよ。SNSに流れてきたんで」


 久坂はそんなとこだろう。倫子ちゃんはあんまりスマホをいじらないから知らないのかな。


「実はゲートが出現しなくなったタイミングって、この子、スフィが腐界に現れたタイミングと一致するんですよ。これって絶対関係あるじゃないですか」


「そうかもね」

「スフィって、どこから来たんでしょうね。こんなにすごい霊力を持ってたら他の霊能力者だって気づいてたと思うんです」


「三門にゃんさぁ、奥歯に物が挟まってるの? スフィがどこから来たのか、本当は自分でも気づいてるんじゃないの?」

「ギクッ」


「そんな擬音実際に出す人、初めて見ましたよ」

「ほっといてくれ。でも塔子先輩の言う通りです。恐らく、本当に恐らくなんですけど、アニマムンディから来たのかなぁと」


「なんですか、そのゲームに出てきそうな単語は」


 急に久坂が立ち上がった。倫子ちゃんはスフィと名前を呼び合いながら、一緒にカーテンの隙間から外を見ている。さっそく仲良くなったみたいだ。


 でも、そうか。普通の人は腐界のこととかも報道通りのことしか知らないんだよな。ちょっと教えとかないと、これからの話についてこれそうにない。


 塔子先輩にアイコンタクトを送ると頷いてくれている。話はちょっと待ってもらうことにした。倫子ちゃんも呼んで一緒に説明しよう。倫子ちゃんは名残惜しそうにスフィの元を離れて椅子に座った。


「ちょ~っと難しい話になるんだけど聞いてね。俺たちが生きてる世界は、霊能力者の間では現世うつしよというんだけど、それとは違う世界があって、常世とこよってのがあるんだ。聞いたことない?」

「単語自体は聞いたことがあります」


 まあ、そんなものだろう。俺だって子供の頃は分からんかったし。 


「常世は死んだ魂が行く世界で、黄泉よみの国とか霊界なんて呼ばれ方もしてるよ。常世の奥深くにはもう一つ世界があって、そこにはアニマムンディという世界中の霊魂が集まる器が存在してるんだ。現世で役割を終えた魂は、常世を通ってアニマムンディにたどり着く。アニマムンディで再構成されて現世に送られ、母親の胎内に入っていくと言われている。これを輪廻転生りんねてんせいという。ときたま前世の記憶があるっていう人がいるでしょ。それはアニマムンディでの再構成が不十分ってことなんだ」


「なるほど。なんとなく分かった気がします。ところで三門先輩、キャラ違ってません?」

「三門にゃんは幽霊の話をするときは真面目だよ」


 塔子先輩フォローあざす。でも俺的にはいつも真面目なつもりっす。それにしても久坂の奴、なかなかに理解が早いじゃないか。視線を横にずらすと、倫子ちゃんが恐る恐るといった様子で手を挙げていた。


「あの、今の話に腐界が出てきてないのが気になるんですけど」


 倫子ちゃんの疑問は当然だろう。もっとも、その質問に俺が答えることはできないけども。


「気になると言えば、輪廻転生もですよ。幽霊の結晶を集めてたら、転生できなくなっちゃうじゃないですか。大丈夫なんですか?」


「腐界については本当に分かってないんだ。ごめんね」

「いえ、いいんです。腐界と繋がるようになって、まだ一年ですもんね。分からなくて当然ですよ」


 はぅん。焦ってフォローしてくれる倫子ちゃんが可愛すぎる。でも、今は顔をとろけさせてる場合じゃない。真面目な話をしないと。


「輪廻転生については、たぶん大丈夫だと思う。魂の総量自体が、人間社会が発展するにしたがって増えてるらしいからね。その影響で家畜も増えてるし」


「ちょっとよく分からないんですけど」


「動物の魂は、動かない無機物よりずっと大きい。体が成長するにしたがって、魂も成長して大きく強くなるから、腐界で結晶を集めたとしても、輪廻転生にほとんど影響はないんだよ。そうじゃなければ、魂のない生き物が増えてくことになるからね。でも俺が知る限り、歴史上でそういったことは確認されていない。個人で見れば、母親の霊幕が強すぎて、無垢な魂が入ってこれないってことはあるだろうけど、それはあくまで例外なんだ」


「なるほどです」

「アニマムンディの説明はいいんですけど、結局先輩が話したいことって、なんなんですか?」

「私の知識はほとんどが三門にゃんに教えてもらったことだから役に立てるのかなぁ。あれっ、だったら一緒に考えてほしいってわけじゃなくて、昨日のことを聞いてもらいたいだけだった?」


「ちょっ、塔子先輩。それじゃあ、俺がただのかまってちゃんじゃないですかっ!」


 そう言う意味合いが100%ないとは言えませんけど。言い切れませんけども。でも、「違うの?」っていわんばかりの視線は止めて下さい!


「あっ、ちょっと気になって横浜腐界で検索したら、三門先輩とスフィが映ってるショート動画見つけたんですけど」

「すごいです。もう300万再生じゃないですか!」

「ええぇっ!」


 昨日の今日だぞ。そんなことになってたのかよ。


「ちょっと、見てみましょうよ」


 女性陣は体を寄せ合って動画を見始めた。俺の恥ずかしい姿が映ってるだろうから、あんまり見てほしくない。だけど、倫子ちゃんに事実を知っておいてもらうのは重要だ。口で説明するよりかは、実際に映像を見た方が理解してくれるはずだ。

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