第7話 師匠のメッセージ
決戦を明日に控え、ぼんやりと窓から日が沈む様子を眺めていると、人々がスマホ片手に帰宅している姿が見えた。仕事帰りで疲れている人が多い。
一方、俺は既に晩飯を食べ終わり、シャワーも浴びたし歯磨きもした。明日着ていく服のアイロンも済ませて準備は万全だ。
不安要素があるとすれば、
とはいえ、寝るにはまだ早すぎる。一日八時間弱は眠りたいけど、早く起きたら買い物中に眠くなってしまう。倫子ちゃんの隣で居眠りするような失態を犯すわけにはいかない。
それなら塔子先輩が昨日に言っていたことを調べてみようかな。心地よいベッドを飛び出してパソコンを起動した。
「ちょっと関連ニュース多すぎでしょ」
ブラウザを開くと、件のニュースは検索する必要がないほど画面を埋め尽くしていた。だけど、トピックを探す手間が省けたと喜べるような事態じゃないのは確かだ。
”米国各地で腐界化の兆候。民間人に被害も”
”ホワイトハウス、再び非常事態宣言か?”
”まるでホラー映画! 墓から出現したゾンビたち”
”日本政府、米国での事件を受けて臨時閣議を開催”
日本国政府は、昨年のように日本が腐界化した時の避難について注意を呼び掛けているようだな。
スマホが使えなくなる可能性があるから、事前に知らせているんだろう。昨年の教訓を得て、衛星回線の強化も進んでいるようだ。仮に基地局が使用できなくなったとしても通信手段があるというのは大きい。幽霊が衛星に憑りつくこともあるんだろうか。
あとは避難経路を確認しておくようにって記事だ。憑りつかれたときに一番変化が大きいのが植物で、街路樹がビルに刺さったりして大きな被害があった。根が成長して、地面が隆起・陥没することもあるので、車両が通れるように緑化運動が見直されている。
一年前、カタストロフの時に横浜いた人たちが脱出に利用したのが市営地下鉄だった。憑りつかれても変化が少ない物質で構成されてて安全だったんだ。現在は観葉植物が全て撤去されているらしい。
うん、とりあえず他に目新しい情報が載ってる記事はなさそうだな。そろそろ寝るか。パソコンを落として、スマホの目覚ましをセットする。どうやら、通知と着信があったみたいだ。シャワー中にかかってきたのかな。もしかして倫子ちゃんだったりして。
「げぇ、六道さんじゃん」
誰も部屋にいないのに、思わず声に出してしまった。最近ご無沙汰だったのに、なんで今日に限って連絡してくるんだよ。
だけど、六道さんを無視するわけにはいかない。祖父母を亡くした後、六年間一緒に過ごしたし、俺の後見人だったんだ。除霊のバイト紹介は全部師匠の六道さん経由。現在進行形でも学費を出してくれている恩人だ。
まだ今日は終わってない。どうか今日中に終わる仕事の依頼であってくれ。そう祈りを込めながら通話ボタンを押した。
「おう、霞。元気にしてたか?」
「今さっき元気じゃなくなりました」
「なんだよ。せっかく仕事をやろうと思ってたのによ。それも簡単で割のいいヤツを」
「それって今日ですか? もしくは明日の朝一とか?」
「明日の正午に頼むわ。こっちにもいろいろ事情があってな」
デート時間に直撃じゃないか!
「ん、どうした。頭でも打ったか? 鈍い音がしたぞ?」
「今のは俺の恋が終わった音です」
「そうか。そんなに大きな音じゃなかったし、霞の霊幕なら、たんこぶの心配もないだろ」
華麗にスルーされた!
俺と倫子ちゃんの恋路を邪魔するなんて問題大ありだよ!
だけど俺は六道さんに逆らえないんだ。義理と人情と切実なお金の問題で。
「実はお前に預かってほしいモノがあってな。俺はしばらく腐界に籠もる予定だからよろしく頼むわ」
「はぁ。横浜の家っすよね?」
「違う違う。ちょっくら腐界に行って、待っててほしいんだよ。場所は後で送るから」
「えぇ? でも俺、まだこないだ除霊したのが残ってて、腐界に行くのはやばいんですけど」
「ああ、たぶん大丈夫だから」
わざわざ腐界で渡すなんて、いかにも怪しいじゃないか。俺に隠れて何かやってるんだろうな。普段から一緒に除霊なんてしたことないけど。
「たぶんって何ですか。たぶんって。で、何を預かるんです?」
「それは行けば分かる。お駄賃は振り込んでおいたから、それじゃあ頼んだぜ」
六道さんは逃げるように通話を終えてしまった。腐界に籠もるのは本当なんだろう。たまにやってるし、世界がこんな状況だからな。アッチの世界を見てくるんだろう。
あぁ、俺はなんて不幸なんだ。あと一日だけ待ってくれれば、幸せな時間が待っていたというのに。でも、臨時収入はかなり嬉しい。
まさか、俺から倫子ちゃんに断りの電話をしなくちゃならないなんてな。だけど、嘆いていても仕方ない。早めに知らせた方がいいだろう。きっと、すごく悲しむだろうな。倫子ちゃんに電話をかけよう。もう外は暗くなってるから家にいるはずだ。
倫子ちゃんと出会ってまだ数日だけど、分かったことがある。倫子ちゃんは普段スマホを携帯していないってことだ。メッセージを送っても返信は大抵夕方過ぎだし。初めて会った日に持っていたのは奇跡だったんだ。
だからといって「スマホを忘れないで」とは言わない。久坂も同じ考えなんだろう。注意することはないみたいだ。連絡先がなければ変な男が寄り付く可能性が減るってことだ。この時期の大学には飢えた狼が沢山いて特に危険だからな。もしかしたら、以前に変な男に付きまとわれた経験があるのかもしれない。
「もしもし、三門です」
「あっ、
三門にゃん先輩?
塔子先輩の呼び方を気に入ったのか。
これはかなり親し気!
ハッ!?
これが塔子先輩の言っていたことか。
確かにこれは恋愛関係とは違う気がするぞ。
喜んでる場合じゃないし、ちゃんと伝えなければ。
「実は今、俺が子供の頃から世話になってる人から連絡が来てさ。腐界に行かなくちゃならなくて、明日の買い物に行けなくなったんだ。ホントにごめん」
「そうだったんですか」
なんだか倫子ちゃんも悲しそうにしてる気がする。声の張りが良くない。
「わかりました。気にしなくても大丈夫ですよ。響ちゃんが一緒に行きたいって言ってくれてたので、二人で色々見て楽しんできます」
久坂ぁ~!!
やっぱり、俺と倫子ちゃんのデートを邪魔するつもりだったのか。だがここは怒りをこらえて、感謝すべきところだろう。あくまで心の中でだが。
「ホントにごめんね。今度、埋め合わせするから」
「いえいえ、気にしないでください」
「絶対するから!」
「は、はい。わかりました」
倫子ちゃんとの繋がりを失うわけにはいかない。ここは多少強引にでもいかないと。あべこべになってる気もするけど。
「あの、それで、いただいた電話で申し訳ないんですけど、ニュース見ましたか? アメリカの砂漠のアレです。三門にゃん先輩はどう思ってるのか気になっちゃって」
「ああ、その話ね」
「はい、そうです。本当は明日聞こうかなって思ってたんですよ」
見といてよかったぁ。俺の危機察知能力も捨てたもんじゃないな。
「映像を見る限り、幽霊の影響で間違いないよ。原因は分からないけど、恐らくエリア一帯の物質から魂とか精霊が消えてしまったんだ。そのせいで、幽霊が憑りつこうと集まってきたんだよ。たぶん腐界からだと思う」
「え~っと、つまり広い範囲が私たちの室外機みたいになっちゃったと?」
「そうそう、そんな感じ。室外機に入りきらないくらいの幽霊が寄ってきちゃったら、どうなると思う?」
「魂が欠けてるモノを探すのかな?」
「流石は倫子ちゃん、正解。それで選ばれたのが、魂が抜けたばかりの死体なんだろうね」
生物は生命活動を終えたら、魂から霊力が生み出されなくなり、同時に霊幕も徐々に弱くなっていく。幽霊は自らの形を維持するために霊幕の内側にいようとするんだけど、死んだばかりの肉体はまだ霊幕が残っているから、幽霊に狙われやすいんだ。憑りついて合体できれば、その分霊力も強くなって長く現世にいられるしな。
「去年も墓地の近くが腐界化してたらゾンビが発生してたと思うよ」
「そうだったんですかぁ。それなら日本は土葬じゃないから大丈夫そうですね」
知り合いが墓から出てきた人はどんな気持ちなんだろうか。それも本人じゃなくて、別の何かの魂が入ってるなんて、やるせないよな。
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