第4話 お宅訪問


 大学を出発して、待ち合わせ場所の駅までやってきた。倫子ちゃんのアパートはここから徒歩で十分くらいだ。スマホを確認すると、約束までにはもうちょい時間がある。


 時間の経過とともに人の流れが激しくなっていく駅の様子をのんびりと眺めていると、時折ちらちら窺うような視線に遭遇した。今のような状況は、バイク通学するようになってから、ちょくちょくある。


 俺のバイクは、明るいピンクと黒を基調とした250ccの「クノイチ」という車種で、結構目立つ。忍が目立ってどうするって気もするけど、それはべつにいい。六道ろくどうさんから大学の入学祝として、無償で譲り受けたバイクだ。


 公共交通機関の時間を気にしないで済むのはいいけど、バイクで除霊先に向かえってことだから、夜中の呼び出しが増えるだろう、ってのが最初に思ったことだった。実際に何度かあったし。


 でも、バイク自体には憧れがあったし、タダで貰ったものだから文句を言えないな、くらいしか印象がなかった。


 ところが大学に通学するうちに、俺の中でクノイチの評価は爆上げしていった。静かで心地よい走行音。燃費の良さ。なんといっても、かわいらしいフォルムで女子受けがいい。


 タンデムしてくれるパートナーが現れないのは残念だったけど、倫子ちゃんとの出会いを待っていたと考えれば、天の配剤と考えることもできる。


 風は今、確実に俺に吹いている!


「うわぁ、かわいいバイクですね」


 駅から出てきた倫子ちゃんが駆け寄ってきた。想像通りの反応に思わずにんまりしてしまう。でも、いきなり「後ろに乗る?」なんてことを聞いたりしない。そこまでの信頼関係はないし、目的地までは徒歩ですぐだから、二人きりの時間がさらに短くなってしまう。


 倫子ちゃんの道案内を受けて、ゆっくりと歩いていく。


「重くないんですか?」

「これでも鍛えてるからね」


 たわいのない会話も倫子ちゃん相手だと楽しい。でも楽しむだけじゃなく、次に来るときのために景色を覚えておこう。


 オカルト探求部に誘うのは、まだ後だ。俺の格好いい除霊を見せつけた勢いを利用する。どの講義を受講するのかアドバイスしてあげるよ、って名目で部室に誘うのもいいかもしれない。


 塔子先輩もいるから警戒は小さいだろう。そのまま、なし崩し的にサインさせてしまえばいいのだ。おっとっと。素敵なレディの前で妄想は厳禁だ。


「先輩、着きました」

「へぇ、いいところだね」


 案内されたのは、きれいに整備された4階建てのマンションだ。 築20年以上は経ってそうだけど、郵便受けも錆がなくて綺麗にしてある。でも、学生が借りるには広い気がする。


 近辺から強い幽霊の反応は感じない。これなら問題なく除霊できそうだな。階段を上って、303号室の前で倫子ちゃんはバッグからカギを取り出した。


 でも、ちょっと待って!


「304号室じゃなかった?」

「えっ、あっ、ホントだ。どうしてわかったんですか? もしかして、幽霊が教えてくれたりするんですか?」


 単純にスマホに住所が書いてあったからなのだが、こうもキラキラと目を輝かせてるのを見ると、いじわるしたくなってしまう。いや、駄目だ駄目だ。まだ打ち解けてない段階でのジョークはリスクが高すぎる。


「いやいや。さっき、スマホに書いてあったからだよ」

「そうだったんですかぁ。びっくりさせないでくださいよぉ」


 倫子ちゃんは恥ずかしさを隠すためか、俺の肩を軽く叩いた。


「それじゃ、仕切り直して。ようこそ、我が家へ」

「おじゃましま~す」


 隣のドアまで移動して、倫子ちゃんは鍵を開けた。ドアが開くと、爽やかな風が俺の横を抜けていった。イメージ通りの女の子の香りだ。


「えっ! 倫子と誰?」


 中に入ろうとした瞬間、廊下にいる人物と目が合った。その人物は浴室から出てきたばかりなのか、濡れたままの髪がセクシーだ。どっちかっていうと健康的な肉体美の印象が強いけど。


「ただいま~。あれっ、ひびきちゃん。お風呂入ってたの。ごめんなさい」


 心底悪いと思ってるんだろう。倫子ちゃんの背筋は直角に折れ曲がった。それに対して、薄いシャツしか着ていない女性は、焦ったように玄関に向かってきた。


「いいから。謝らなくていいから、ドア閉めて! じゃなくて、外で待ってて!」


 響ちゃんと呼ばれた女性は、俺と倫子ちゃんを強引に外へと押し出した。すぐさま鍵穴が回る音が聞こえてくる。お風呂から出たら見知らぬ男性がいたなんて、恐怖でしかないよな。


「ううぅ、響ちゃん、ごめんね。先輩、今のは忘れて下さい」

「忘れるよ。倫子ちゃんのために」


 俺の想いを軽く受け流して、倫子ちゃんは申し訳なさそうに座り込んだ。今のはルームメイトだろうか。それなら家賃も折半で安くなるから、広い部屋なのも納得だ。


 倫子ちゃんが俺のことを伝えていなかったのか、あるいは、響って女性が忘れていた可能性もある。どうやってフォローしようか迷ってるうちに扉は開かれてしまった。軽装からデニムを装着しての完全防備に変わっている。


「響ちゃん。本当にごめんね」

「いいから。わかったから大丈夫だよ。たいしたもんじゃないし。それに廊下で裸になってた私も悪いから、おあいこ。ねっ、それでいいでしょ」


 倫子ちゃんは安心したのか勢いよく抱き着いた。


「せっかくシャワー浴びたのに、暑苦しいって」


 なんだか俺もほっと一息ついていると、少しだけ困った表情をしている響ちゃんとやらと目が合った。先ほどのことがあったので、気まずい空気が流れている。


「とりあえず入ってください」と言われたので、中に入ることになったけど、リビングに案内ってわけじゃなくて玄関での対応だ。どうやらご近所さんを気にしての行動だったようだ。


 別に俺はかまわんがね!

 なにしろ、倫子ちゃんに正式に招待された男なのだから。

 誤解はすぐに解けるだろう。


「え~っと、紹介します。同郷の久坂くさかひびきちゃんです。昔から家族ぐるみの付き合いで、ずっと仲良しなんです」

「どうも。久坂です」


 そっけないけど仕方ない。視線を逸らすのもやむを得ないだろう。


「こちらは私と同じ史学科二年の三門霞先輩だよ。幽霊に詳しいので来てもらいました」


 よろしく、と声を出すと同時に久坂さんは「またぁ?」と俺の言葉を遮った。倫子ちゃんは「今度はちゃんとした人だから」と説得している。以前にエセ霊能力者でも連れてきたのかもしれない。


 久坂さんが疑いの視線をこっちに向けてきてる。この一年で、怪しい連中が増えたからな。疑ってかかるのも当然だろう。


「ホントに大丈夫なの?」


 トゲがあるのも仕方ない。見知らぬ男に油断した姿を見られてしまったのだから。「御免でござる」と蒸し返すのも彼女には迷惑だろう。ここは紳士としてスルーするべきだな。


「大丈夫だよ。エアコンに隠れてるんでしょ?」


 奥に見えるエアコンの隙間でうごめいている存在がいる。こちらを警戒してるのか、全体像は見えない。力の強い幽霊じゃなさそうだけど、完全に機械に憑りついちゃってるな。


「ひとつ聞きたいんだけど、ここで猫とか飼ってなかったよね?」

「ないです。引っ越したばかりだし。というか、猫の幽霊なんですか? 私には、そこまではっきりと見えないんですけど」

「うん。黒いもやもやがある感じだよね」


 幽霊の見え方は個人によって差がある。俺は霊能力者の中でも形が見えてるほうだけど、霊力が強い人でも少ししか見えてない場合も多い。せっかくだから色々教えておこうかな。


「色々と混じっちゃってるけど、ベースは猫で間違いないよ。そもそも幽霊っていうのは――」

「説明はいいんで、とりあえず何とかしてくれません?」


 この女ぁ、俺の見せ場を奪おうというのか!


 倫子ちゃんのお友達でよかったな。そうじゃなければ、三時間コースで懇切丁寧に説明してやるところだったぜ。

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