第5話 華麗?な除霊


 幽霊のいるエアコンを観察していると、外からより強い反応を感じた。エアコンの隙間から俺たちを観察してるけど、本体は室外機にいるのかもしれない。


「ベランダに出ていい?」

「ちょ、ちょっと待ってて!」


 久坂さんが早足でベランダに向かった。洗濯物でも干してあったんだろう。倫子ちゃんが後ろから俺の腰を掴んで、くるりと半回転させた。ドアが閉まる音が聞こえたと同時に再び半回転。


「私の部屋に行きましょうか」

「いいの?」

「え? 別にいいですよ」


 二人のアパートは玄関近くにトイレとバスルームがあって、反対側に台所とリビングがある。まっすぐ進んだ左右に二部屋がある2LDKの住宅だ。換気のためか、ドアが開けっぱなしだったし、久坂さんの部屋のカーテンは風で寄っていたから、奥まで丸見えだった。


 倫子ちゃんに案内された部屋は、きれいに整頓されていて、余計なものを置いていないさっぱりとした印象だ。机に参考書がある以外には、ベッドにぬいぐるみが寝転がってるくらい。フレグランスも置いていない。


「倫子、もういいよ~」

「は~い」


 洗濯物をたたむ時間はなかったから、強引にクローゼットに押し込んだだけだろう。倫子ちゃんの部屋からベランダに出て合流する。倫子ちゃんのエアコンは無事だったので、幽霊がいるのは久坂さんの部屋だけらしい。友達想いのいい子だ。


「この室外機でしょ?」

「まあ、そうだけど」


 久坂さんはむすっとした表情で返事した。霊能力者としての俺に疑いの目を向けていたから、居心地が悪いのかもしれない。


「なに、ふむふむ言ってるんですか? 除霊できるなら早くやってくださいよ」

「まあ待て。今どうやったら格好よく除霊できるか考え中だから」

「さっさとやってくれるのが一番格好いいと思います。ねっ、倫子」

「そうですよ、先輩!」


 倫子ちゃんから熱いまなざしを感じる。そうか。俺が華麗に除霊する姿を早く見たいんだな。ならばその期待に応えて進ぜよう。まだ昨日の霊が体の中に残ってるけど、このくらいの強さなら十分できそうだ。


 右手を室外機にかざして幽霊を吸収していく。幽霊はぐるぐると回転しながら俺の中に吸い込まれる。逃れようとしても、残念ながら君には不可能なのだよ。


「これぞ、いにしえより伝わる三門家の奥義なり!」


 どうだ、と言わんばかりに二人に視線を送った。ところが女性陣の反応は、どうにもよろしくない。


「いや、除霊してるのは凄いんだけどさ。ちょっとスピードが、ねぇ?」

「でも、吸引力の悪くなった掃除機みたいに頑張ってて、かわいいと思います」


 倫子ちゃんのフォローが身に染みる。それに比べて、久坂の態度よ。倫子ちゃんも同じ思いだったんだろう。たしなめるように声をかけて、久坂に頭を下げさせた。流石は倫子ちゃんだ。


「先輩、ありがとうございました」

「おう。恐れ入ったか」

「そうですね。おみそれしました」


 完全に棒読みしてやがる。だがこれでいい。久坂の態度が悪いほど、倫子ちゃんは俺に気を使ってくれるはずだ。それに対して俺が大人な態度をとれば、さらに好感度アップが見込める。いいぞ、久坂。俺のためにもっとやるんだ。


「ところで三門先輩、体は大丈夫なんですか?」

「たぶん大丈夫。ゆっくり吸収したから」

「ふうん。胃の負担にならないように、よく噛んでるみたいな?」


 久坂はなんて下品な奴なんだ。まるで俺が幽霊を食べてるみたいな言い方しやがって。あっ、やっぱ駄目だった。幽霊が暴れだしちゃった。あたた、腹痛くなってきた。


「先輩、大丈夫ですか?」

「平気平気。除霊すると、いつもこんな感じだから」

「私の部屋で休んでてください。暖かいの作りますから」

「うん、ありがと。ちょっと休めば治るから」


 促されて横になる。まさか倫子ちゃんのベッドを使えるとは思ってもみなかったけど、ここで油断するわけにはいかない。久坂がすぐそこにいるし。


「除霊って、バーンって派手にやるのかと思ってました。一年前もそういうのが結構流れてたし。それに先輩は式神しきがみも使ってないですよね?」


「へぇ、久坂さんは前から幽霊が見えてたんだ」

「二年くらい前からですけどね」


 式神ってのは陰陽師が使用する小さな使い魔みたい存在だ。一年前に腐界に繋がるゲートが出現して世界中が混乱した際に、日本がいち早く復興した要因の一つだ。


 普通の人たちは幽霊に対して防衛手段を持たなかったけど、政府が国民に配布した式神のおかげで自衛手段ができて、他の国と比べて被害が小さかったんだ。


 式神の使い方は簡単。特殊な紙に自分の血液を垂らすだけ。あとは、肌身はなさず持って自分の霊力を与え続けてると、式神が覚醒するんだ。やがて紙がなくても動くようになるし、たとえ式神の姿が見えない人でも体の中に入って守ってくれる、一般人にとっては心強い味方だ。。


 ただ覚醒するまでの期間に個人差があって、どうやら二人の式神はまだ覚醒していないみたいだな。式神がいたなら、俺が除霊に呼ばれることはなかったはずだから。


「俺はこれでも霊能力者だからね。式神は使わないよ。それに派手なのは、格好よく編集してあるからだろ。映画とか漫画の見過ぎだ。配信してる人は見栄えするからやってるだけで、実際には殴っても霧散するだけだから、結局そこに残っちゃうんだよ」


「へぇ、だからきれいに吸い取ってくれたんですか」

「そうだぞ。俺と倫子ちゃんに感謝するがいい」

「はいはい。倫子、ありがとね~」

「俺にはないのかよ!」

「だ、だって、私の恥ずかしい姿見たし。それで十分にお釣りがくるでしょ」


 うぅむ。この話題はあまりよろしくないぞ。急に玄関を開けた倫子ちゃんが悪いって展開になりかねない。ここは仏の心で許してやるべきか。


「そういうことにしておいてやろう」

「なんか、気になる言い方だな~」

「あんまり気にしない方がいいぞ。ストレスは美容に悪いしな」

「あんたが言うな!」


 やれやれ、久坂は責任転嫁する癖があるな。困ったやつだ。


「それはそうと、先輩はお札とか道具は使わないんですか? 日本の霊能力者って色々道具を持ってるイメージなんですけど」

「俺はほとんど使わないよ。一応、保険で持ち歩いてるけど、お札は高いし」


 自作のお札は特殊だから、ちょっと使いどころが難しい。それに幽霊の存在が確認されて以来需要あり過ぎで、他人のお札は高騰しちゃって手が届かなくなってしまった。


「悲報。霊能力者、儲かる仕事じゃなかった」

「なに言ってんだ?」

「いえいえ、何でもないです。あっ、倫子、私も手伝うよ~」


 久坂は立ち上がって、倫子ちゃんの手伝いに向かった。まもなく二人がケーキと紅茶を持ってきて、俺たちは足の短い丸テーブルを囲むことになった。


「昨日作ったものですけど、バナナのパウンドケーキです。よければどうぞ」

「美味しそうでしょ?」


 久坂の方が得意満面だ。そりゃあ、倫子ちゃんみたいな友達がいたら誇らしいよな。


「うん、凄く美味しいよ。ふんわりしてるし、レモンの爽やかな香りが倫子ちゃんのイメージにピッタリだ」

「なに馬鹿なこと言ってんですか?」


 わざわざ、倫子ちゃんの「ありがとうございます」にタイミングを合わせてきやがった。久坂の奴、明らかに俺を警戒してるな。だが逆に言えば、それだけ倫子ちゃんが俺に惹かれる可能性があると思ってるってことだ。間違いない。あっ、そういえば、伝えることがあったんだ。


「一応除霊は終わったんだけど、本質的な問題は解決してないから、もし別の幽霊が寄って来たら遠慮なく呼んでね」


「どういうことですか?」


 二人の顔が強張っていく。残念ながら、これで完全に終わりってわけじゃない。


「そもそも、なんで室外機に幽霊がいたのかってのが大事なんだけど、あらゆる物質には魂が存在してるんだ。動物とか植物だけじゃなくて、あらゆる物質にね」


「アニミズム、ですか?」

「よく知ってるね」

「そりゃあ、この一年、ネットとかでさんざん見ましたからね」


「生物だと魂、それ以外は精霊と呼ばれることもあるよ。力の大きさとかいろいろ差はあるけど、本質的は変わらないって考えられてる。ここにいた幽霊なんかは、生物の魂と精霊が混じり合った存在かな。幽霊ってのは生物が死んだら肉体から離れてしまう。未練があって現世に残ろうとする幽霊なんかは、魂が欠けた物質を見つけると、憑りつこうとする性質があるんだ。必ずじゃないけどね」


「それじゃあ、この室外機の精霊がいなくなってるから、成仏したくない猫っぽい幽霊が入ってきちゃったってことですか?」


「たぶんね。生物は霊幕れいまくっていうのが体を覆ってくれてるんだけど、いわゆる無機物なんかは霊幕がないに等しいから、簡単に憑りつかれちゃうんだ。その代わりに、もともとの形を維持しやすいって特徴があるんだけどね。室外機は変形してないでしょ?」


 むしろ霊幕があるから変形してしまうってはっきりと言うべきだろうか。まあ、混乱するだろうから、あんまり難しい話をしても仕方ないよな。


「それじゃあ、根本的に解決しようとしたら室外機を交換しなくちゃ駄目ってこと?」


「そういうこと。でも、ここに来るまで観察してきたけど、周辺に変な幽霊はいなかったから、たぶん大丈夫だと思うよ。近くには迷子の精霊が沢山いるから、それが先に入り込んだら、それで終わりだし。だから、この話は念のためってとこ」


「なんか、結界とか張れば大丈夫なんじゃないですか? 知らないけど」

「人の力ってのはそこまで万能じゃないんだよ」

「要するに、先輩は霊能力者としてそこまでじゃないと?」


 くそう。好き放題言いやがって。でも間違ってないから、余計に悔しい。


「そうだよ。どうせ、俺は二流の霊能力者だよ」

「響ちゃん、言い過ぎだよ」

「ごめんって。そこまで傷つくとは思ってなくて」


 わざとらしくいじけてみたけど、倫子ちゃんが申し訳なさそうに背中をさすってくれている。もしかして俺のこと好きになってる? 


 倫子ちゃんのうるんだ瞳をみつめてみた。

 この流れならイケるかもしれない。


「倫子ちゃん、オカルト探求部に入らない?」

「それはいま関係ないでしょ」


 だぁああ!!


 久坂には聞いてない。

 しかも即答しやがって。


「ちょっと、響ちゃん。先輩、私は講義のこととか聞きたいから、またお邪魔させてもらおうかなって思ってるんですけど」

「うん。いつでも来てよ」


 倫子ちゃんなら大歓迎だよ。


「な~んか引っかかるな~」


 まったく、警戒心の強い奴め。恐らく、これまで倫子ちゃんに変な男が寄り付かないように久坂がガードしてきたんだろう。ご苦労だった。だが安心しろ。これからは俺が倫子ちゃんのことを守るからな。


 よし。ここが本当の勝負所だ。


「それじゃあ、念のために少しだけどお札を渡しておくから」


 ポケットから二種類のお札を取り出してテーブルに置いた。


「えっ、いいんですか。結構高いんですよね?」

「大丈夫だよ。こっちのお札は師匠からもらったモノだし、もう片方も俺が作ったやつだから」

「ありがとうございます」


 礼儀正しくお辞儀をする倫子ちゃんかわいい。一方、久坂は二つのお札をひろげて見比べていた。


「こっちが先輩が作った方ですか?」

「どうしてそう思う?」


「だってこれ、普通のメモ帳じゃないですか。お手軽な感じが先輩の、いえ学生のイメージにぴったりなので。でも、これならお札と思われないから盗まれる心配もなくていいですね」


 その通りだけどさ。微妙なフォローをするんじゃないよ、まったく。

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