第3話 除霊の約束


「デートですか。ちょっと考えさせてください」


 倫子ちゃんはうっすら頬を赤らめてうつ向いて、ぶつぶつと呟き始めた。初対面で下心丸見えだったけど、感触は案外悪くないのかもしれない。もしかしたら押しに弱いところがあるのかも。それほどまでに幽霊が嫌って可能性もあるけど、この展開は俺にとって朗報じゃないか?


 逆に、即デートOKなんて言われても、素直に喜べなかったはずだ。ちょっと恥ずかしがってる姿がぐっとくる。テンション上がってきたぞ。


「三門先輩」

かすみでいいよ」


「いえ、その、三門先輩。今度の日曜日に買い物に付き合ってくれませんか? どうも実家に忘れちゃったものがあって。でも、わざわざ送ってもらうほどでもないから、こっちで買うつもりだったんです」


「何でも任せてよ。色々いい店知ってるから」

「はい、ありがとうございます」


 倫子ちゃんの笑顔は破壊力満点だ。デートについては、やんわり否定されたような気もするけど、今はこれで十分。問題を華麗に解決して、俺の魅力に気づかせればいいのだ。


「それでどうする? これから行けばいい?」

「この後ちょっと用事があって、それが終わってからでいいですか? すみません、お願いする立場なのに」


「いいよいいよ。今日は結構ヒマしてるから。それじゃ、連絡先交換しとこっか」

「はい、そうですね」


 倫子ちゃんの同意を受けて、スマホを取り出した。ところが、彼女は人差し指を立てて操作していて、なかなか準備が終わらない。


「すみません。最近買ってもらったばかりなんです」

「焦んなくていいよ」


 せっかくなので、垂れ下がる目がさらに強調されていく倫子ちゃんを堪能することにした。


 スマホ操作が覚束ないのは結構ポイントが高い。恐らく、高校時代は持っていなかったのではないか。今時珍しいけど、家庭の方針なんだろう。


 倫子ちゃんの服は量販店で購入した物じゃなさそうだけど、有名なブランド品とも違う。それなのにどことなく品を感じるし、お金に困ってるような感じじゃない。親御さんに大事に育てられたに違いない。悪い虫がつかないように俺が守ってあげなくては。


「すみません。まだちょっと操作に慣れてなくて」

「俺がやろっか?」

「はい、お願いします」


 スマホを受け取って、パパっと済ませる。同意を得て、連絡先をゲットだぜ!


「それじゃ、また後で連絡しますね」

「オッケー。んじゃ、またね」


 倫子ちゃんが席を立って部屋から出ていった。それを確認して塔子先輩に振り返る。


 どうすか、塔子先輩!

 今度は、下心なんてない、自然な感じだったでしょ?


 お地蔵さんみたいに動かなかった先輩が、いつのまにかサムズアップしていた。着ぐるみのつぶらな瞳が、立ったままの姿勢でじっとを見つめてくる。


三門みかにゃん。格好カッコいいとこ、ちゃんと見せてくるんだよ」

「はい、任せて下さい!」


 俺が倫子ちゃんに一目ぼれしたのをやっぱり分かってたんだ。流石は塔子先輩だ。


「いつもみたいに、やる気なさそーに除霊しちゃ駄目だからね」

「しませんよ。格好よく、九字くじ切ってきます!」


「三門にゃんはそういうのじゃないでしょ」

「うす、しっかり除霊してきます」

「心配だなぁ。私も行きたいけど、香苗かなえさんに呼び出されてるんだよね」


「今日もですか? でも、俺一人で大丈夫すよ」

「心配だなぁ」


 香苗さんってのは塔子先輩の三歳上の卒業生らしい。学生時代からドアが跳ねあがる車に乗ってて有名だったとか。塔子先輩のバイト先の社長でもある。


「それじゃ、そろそろ行ってくるから。戸締りよろしくね」

「お疲れっした」


 塔子先輩は脱いだ着ぐるみを干して、部屋を出ていった。


 狭い部室に一人きりになった。妄想しながら時間をつぶすのもいいけど、まずは倫子ちゃんの住所を確認しよう。電話番号を確認しようとプロフィールを見たら、アドレスに住所が記入してあったんだ。うっかりさんめ。


「あそこらへんか。うん、だいたいの場所は把握したぞ」


 俺の移動手段は、師匠から譲り受けた250ccのバイクだ。大学の周りは結構走りこんだから、地理にはそこそこ自信がある。そのおかげで結構なバイト代がガソリンに変わってしまったけどね。


 倫子ちゃんの家は大学の最寄駅からすぐの所だ。多くの学生は大学構内にあるバス停から駅に出て各地に散っていく。バスの中はいつも混雑していて大変そう。倫子ちゃんも恐らくバスに乗って帰るのだろう。細みの体でバスで揉みくちゃにされながら帰宅するなんて気の毒だ。


 いや、待てよ?


 だったら、俺が壁役になってガードしてあげればいいじゃないか。ついでに他の男から遠ざければ一石二鳥。そしていずれは俺のバイクにも乗ってもらうんだ。


 ふっ、ふふふ。

 完璧な作戦じゃないか!


「何が完璧なんだ?」


 俺のプライベートルームと化した部室に、不似合いな男が入ってきた。高校からの同級生である霧島きりしま隼人はやとだ。


「ノックもせずに失礼な奴だな、君は」

「したぞ。なんかに夢中になってて気づかなかったみたいだけど」


「裏切者は出てけ!」

「いや、確かにテニスサークルに移ったけどさ。別にそれぐらいよくね?」


「霧島にとって、この部室棟は危険なんだ。ここには、女の子と手も繋ぐことすらできずに死んだ男の幽霊が彷徨さまよっていて、リア充に憑りつこうとしてるんだ」

「はははっ、面白い冗談だな。でも三門は俺が前から幽霊見えるの知ってるじゃん。って、なに、きょとんとした顔してんだよ」


 そういえば、高校の時に一度だけ相談を受けたことがあったっけ。仕方ない。話くらいは聞いてやるか。なんてったって、俺はこれから女の子の部屋に行く男だからな。どっしりとした余裕のある態度で接してあげようじゃないか。


「で、何の用だよ」

「最近できた彼女がさ、ツチノコ見たいって言うんだよ。三門、前に言ってたじゃん。ツチノコ見たことあるって。誰にも相手されてなかったけど」


 そのせいで白い目で見られたからな。嫌な記憶を思い出させるんじゃないよ、この男は。


「帰れ」

「ごめんな。春のせいで頭がおかしくなってるんだ。じゃなくて、彼女は結構真剣みたいなんだよ」


 かなり辛らつな返事をしたつもりだけど、霧島は全く気にする様子はない。これが強者のコミュ力か。


「その彼女は幽霊が見えるのか? てか、それ以前に危険だから止めた方がいいぞ」

「どういうこと?」


 ツチノコってのは胴体が太いヘビのような姿をした未確認動物UMAとされている。


 日本の広範囲で目撃証言がある。多くの人は、ヘビが大きなものを飲み込んだ姿だと思ってるだろう。あるいは、アオジタトカゲとかいう特徴がよく似た生き物と見間違えた、というのも最近では考えられる。だけど、実際にツチノコは存在してるし、俺は何度か出会ったことがある。


「前に説明したことがあったろ。あらゆる物質は霊幕れいまくっていう薄い膜で覆われていて、魂が守られているって。んで、霊幕の形は物質的な形に影響を与えてしまう」

「ああ、思い出した。霊幕ってオーラのことだよな?」


 格好よく言い直しやがって、西洋かぶれめ!


「霊幕ってのは結構頑丈で、外からの干渉に強いから、ちょっとやそっとじゃ変形しないんだけど、ヘビに強い幽霊が入り込んでいた場合、霊幕の形を変えてしまうことがある。するとどうなるか。霊幕が憑りついた幽霊の姿に寄せて変化していくんだ。それはつまり、肉体もそうなるってことだな。変化に耐えられずに死んでいくのもいるけど、稀に生き残ることがある。それがツチノコの正体だ」


 初期段階では、こないだのおぼろのように霊的な形が変わってるだけだから、幽霊の見えない人間には普通のヘビに見えている。


「幽霊って人間にも入ってくるんだよな?」


「入ってくるから危険なんだよ。中から霊幕を壊されても、すぐには変化は起きない。でも、絶対に肉体に影響がでてくるぞ。ヘビに入るくらいの幽霊なら、人間にとって致命傷になる可能性は小さいけど、顔の形が変わるくらいなら十分あるよ。まあ、不細工になりたいんだったらオススメしとく」


「うげぇ、分かったよ。彼女はなんとか諦めさせる。幽霊に関する時の三門はマジトーンだからな」

「俺はいつでも大真面目だぞ」

「そうだったな。ありがとよ」


 霧島の帰り際に「二度と来るなよ」と釘を刺しておいたが、直後にお菓子を置いていきやがった。何かあったらまた頼りにしてくるつもりだろう。なかなかに見どころがある。ここは海より広い心で許してやろうじゃないか。

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