恋のはじまり


 突然、胸の奥から湧き上がる衝動に駆られ、正直な気持ちを口にした。


「あの……ちょっと変わった話をしてもいいですか。私、百合子じゃないんです。本当は妹のあかねです」


「えっ、どうしたんですか?」


 涼真さんは驚きと不安が混ざった表情でそう言った。


「はあ……あなた、急に何を言い出すの!」


 母は驚いた顔で私を見た。その顔は興奮を抑えきれず、怒りで震えていた。


「母さん、もう嘘はつけないの。お見合いするなら、本当の自分で選ばれたいの……」


「そんなこと言っても……今日の台本はもう変えられないわ」


「いいじゃないですか。偽りの恋なんて、すぐに冷めてしまいますから」


 私はためらいもせず、これまでの経緯を隠さずに話した。


 すると、彼は目を見開き、真剣な眼差しで私の話を聞いてくれた。怒ったのは母さんだけで、父さんは優しく微笑んでうなずいていた。父親の顔には、まだ愛娘を手放したくないような気持ちが見て取れた。


「あなたの顔、お姉さんの写真とそっくり。でも、素直で勇気があります」


 涼真さんは私の目を見て、優しくそう言ってくれた。


「姉の代わりにお見合いに来たんです。本当に申し訳ありません」


 私は彼から目を逸らさず、涙ながらの低い声で心からの謝罪を述べた。怒られるのは覚悟の上だった。


「そんなあかねさんが好きですよ。身代わりになるなんて、すごいことです。僕もあかねさんのことをもっと知りたいです」


 涼真さんは私を見つめて、そう優しく言ってくれた。その時、仲人さんが穏やかな笑顔で、母さんに事情を説明しようとした。


「お姉さん、それでいいじゃないですか。百合子でなくても、あかねで念願の縁結びが叶ったんですから……」


「まあ、いいわ。姉妹の順番が逆になってもしょうがないわ。ただ、百合子はどう思うかしら。それが心配だわ」


 そんなやりとりの中で、琴の音が奏でる吉日のメロディーが耳に響いた。私は日本の音色に心を和ませながら、松島さんと楽しく話をした。彼は私の告白に驚いたけれど、笑顔で受け入れてくれた。


「あかねさん、あなたの勇気に感動しました。あなたのような人と出会えて、僕は本当に幸せです」


 涼真さんの言葉に心が震えた。


 男女の恋愛は、付き合った時間ではなかった。どんな出会いがあって、お互いにどれだけ好きになれたのか、愛せたかのような気がした。時と場所も選ぶものではなかった。それは、運命の女神が授けてくれる不思議なものだった。


 彼の言葉に、私の目から涙があふれた。それは悲しみの涙ではなく、幸せと安堵の涙だった。私たちは手を取り合い、未来への一歩を踏み出した。彼の温かい手のぬくもりが、私の不安を溶かしていく。それはまた私たちの目が合い、互いの心が通じ合った瞬間だった。


 涼真さんは言葉を一旦切って、周囲を見回した。私も周りを見ると、母さんや仲人さんたちが笑顔で私たちの会話に耳を傾けていた。彼はそれに気づいて、私の耳元でささやいた。


「本当ですよ。僕も正直に言うと……。ここでは言えないけど、僕もあなたと同じような立場です。だから、あなたの気持ちがよくわかるんです」


「えっ、どういうことですか?」


「二人きりになったら教えます。今はまだ秘密にしておきたいんです」


 涼真さんはそう言って、もう一度私の手を握った。その温かさに、私は自分の心がさらにほぐれていくのを感じた。それは、私たちが同じ目線で見つめ合えるということだった。


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