逆転の縁結び
ついにその日がやってきた。姉ちゃんの代わりにお見合いをする日。和風の心地よい琴の音色が流れる中、私の心は緊張でざわついていた。格式高い料亭「花鳥風月」でのお見合いは、神楽坂の静かな一角で始まった。
そして、私の家族以外の人々には、けっして見せたくはない黒歴史の恥ずかしくなる幕が開いていった。もちろんのこと、今日この場に私がやってきたことは百合子にも話してなかった。
「初めまして、松島涼真です」と彼が挨拶を交わすと、私は自分の名前を名乗ろうとしたが、本当の自分を隠すことに葛藤し、言葉を失った。周囲の視線が集まる中、時間が止まったような静けさが訪れた。
私の心は混乱とともに真っ白に染まり、一瞬の沈黙が永遠のように感じられて、息を呑んだ。ああ、この先どうしようかな……。
涼真さんの優しい眼差しに励まされ、「仁科……百合子です」とようやく名乗ることができた。
列席者は仲人さんを含め、双方の両親と当事者たちの合計七人だ。私は心の中で、「あかね、大丈夫、落ち着いて」と安堵のため息を漏らして、もう一度姉ちゃんのふりをするかのように気を静めた。
私は白地に金色の牡丹が描かれた振袖を身に纏い、正座していた。それは、上品な姉のために母が選んだ着物だった。私はいつものポニーテールを和装のアップスタイルに変えていた。正座などするのは、何年ぶりだろうか……。
次から次へと難題がやってきた。すぐに膝が痛くなった。母からは「控えめな女性に見えるように」と何度も注意されていたが、私は自分らしさを失いたくなかった。
普段はやんちゃな私でも、初めてのお見合いで優雅な振る舞いが求められ、不安でいっぱいだった。「バッグ欲しい。二時間の我慢や。絶対にバレたらアウトだよ!」とただひたすら自分に言い聞かせた。
涼真さんが話を始め、「百合子さん、今日はお時間を取っていただきありがとうございます」と言うと、私は彼の魅力に心がときめいた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
涼真さんの呼びかけにうなずきながら、そっと上目づかいで彼の方を見た。昨日見た写真よりも、実物の彼はずっと魅力的だった。
「ご趣味は、生け花と料理、そして茶道。さらに英語も堪能。本当にすごい。百合子さんは、まさに日本女性の鑑です」
それは、彼からの歯が浮くようなお世辞だが、少し褒めすぎだった。きっと母が姉のプロフィールを美しく書いたので、彼の記憶に残っていたのだろう。
私は、生け花と料理、茶道といった夢のような花嫁修業はしたことがなかった。ただ、四季折々の花々の香りが好きで、フラワーコーディネーターの仕事をしているだけだった。その偽りの世界に息苦しさを感じていた。なにがなんでも、このままつんとすました顔つきのまま、黙ってはいられなかった。
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