第50話 シュウジ 3

「はぁ~……。」


晩餐の会場に連れて行かれ、俺は茫然とした。


大広間の壁際には、オーケストラかっ!と突っ込みたくなるほどの規模の楽団が、ゆったりとしたメロディーのBGMを、絶え間なく流している。


大きなテーブルの上座とその左右の席はまだ空いているが、手前側の下座にあたる席には、すでにマイケルとザコビッチが席についている。


二人ともニヤケ顔で、とても嬉しそうであり、ここに連れてこられた時の部長面はどこへや……。


「おっ、シュンジ、遅かったなぁ。そんなにあの娘よかったのか?」


マイケルがニヤニャしながら、後ろに下がったカティナと俺の顔を見比べる。


「なんの話だ?」


俺はマイケルにそう返すと、横からザコビッチが会話に加わってくる。


「また、とぼけやがって。日本人は奥ゆかしいと聞いているが、どんな具合だったかぐらいは教え合おうぜ、兄弟!」


馴れ馴れしく肩を組んでくるザコビッチ。


話しが分からず問い返そうとすると、この屋敷の主、ドランが二人の女性と共には言ってくる。


女性はおそらくドランの妻と娘だろう。


そう思っていると、席に着いたドランが、「妻のキエルと、娘のエイシアだ」と紹介してくれる。


俺達も順番に自己紹介をした後、食事が始まる。


晩餐の時に詳細を離してくれるという事だったが、とりあえずは食事を楽しめ、と言う事らしい。


実際、食事は美味しかった。


ラノベなどでは、異世界の食事事情は口に合わず、日本料理で相手のマウントを取る描写が数多く見受けられるが、これほど美味しい料理に対してマウントを取ろうと思ったら、それこそ本職の料理人でないと無理だろう。


それに、ローストビーフなど、地球で見た事のあるような料理が混じっていたことなどから、多分、この国には以前にも召喚された者たちがいたのだろうと思わせた。


一通り食事が終わり、俺達の前にお茶ら用意される頃になると、キエルとエイシアは席を立ち、代わりにべラムともう一人……神官ぽい人が入ってくる。


彼らが席に着くと、ドランの横に座った神官がおもむろに口を開く。


「さて、異界の勇者殿、我らが持て成しはいかがでしたかな?」


「そりゃぁ、もう、最高だったよ。」


「あの娘は、これからも傍に?」


マイケルとザコビッチが嬉しそうな顔でそんな事を言う。


「お気に召したのであれば、彼女らにはそのまま側仕えとして勇者殿のお世話をさせましょう。」


しかし……と神官は俺の方に視線を向ける。


「そちらの……シュンジ様でしたかな?……お気に召しませんでしたか?」


問われて、俺はちらっと後方のカティナに視線を向ける。


彼女は少し青ざめた顔で俯いている。


……そう言う事か。


俺は先ほどからのマイケルたちの会話から、ようやく何を言ってるのかを理解した。


美味しい食事と女の子……接待の基本じゃないか。


日本で散々やって来た事なのに……と思う。


……まぁ、接待をする側ではあったけど、接待を受けたことは無かったからなぁ。


営業で接待している時は、こいつらバカだろ?と思ったもんだが、いざ受ける側になってみると……。


これは簡単に堕ちるわ。と、つくづく感心してしまう。


「いや、さっきは疲れていたのか凄く眠かったからな。良ければ、このまま付けてくれると助かる。」


俺がそう言うと、カティナがホッと一息ついたのが見える。


……そう言う事なら、後でたっぷりと頂こう。


そう思うだけで、気分が高揚してくるのが自分でもわかる。


そんな俺達の様子を見て、ドランは満足そうに頷き、「さて、」と話をすすめる。


ドランに成り代わり、終始話をしていたのは神官の男……サイラスというらしい……だった。


サイラスの話によれば、この国を治める国王……ドランの実兄であるグラン国王は、セイジそっちのけで遊び更ける愚王であり、その為に他国がこの国を狙っていて、今や一触即発の状態であるという。


事実、東方領では、表だって動いていないが、ゴール王国の手がかなり入っているとの噂らしい。


北方も、南方も、まだ大丈夫ではあるが、それでも国境付近はきな臭く、時間の問題だという。


だから、外敵に備えるために、ここ西方領では新たな軍備をすすめているが、それには異界の勇者の持つ力が必要なのだという。


その為、古の儀式を復活させ、呼ばれたのが俺達なのだとか。


「お前達には、騎士待遇が与えられる。取りあえずは、それぞれ独立した小隊を指揮してもらうが、その働きいかんではすぐにでも、中隊、もしくは大隊を任せることになるだろう。」


べラムがそう言ってくる。


補足された説明によると、騎士待遇というのは、下級貴族並みの権力を持ち、涼斗の貴族街に家を持つ事も可能で、それなりの生活を送れるという。


大隊長ともなれば、一代限りではあるが、男爵相当の扱いを受けることが出来るといい、平民たちの間では憧れの存在なのだとか。


「其方らの活躍次第では、我が娘エイシアの婚約者候補にしてもよいぞ。」


ドランがそう言うと、べラムはわずかに顔をしかめる。


領主の娘婿ともなれば、それはつまり、ドランの後継者と言う事であり、現在、エイシアの婚約者候補はべラムただ一人だという。


……まぁ、べラムにしちゃ、面白くはないわな。


ドラン達の話をまとめるとこうなる。


他国からの侵略に対抗するため??に、軍備を増強した。


しかし、その為には異界の勇者と呼ばれる、力を持った異世界人が必要となり、古の文献から、娼館の儀式を復活させ、俺達を呼び寄せた。


右も左も分からないこの世界で暮らしていくためには、それなりの後ろ盾が必要。


ドランに力を貸せば、貴族待遇で養ってくれる。しかも、活躍次第では、ドランの後継者という道も開ける。


……うん、話だけ聞けば、これ以上ない好条件なんだけどなぁ。


現に、マイケルもザコビッチもすっかりその気になっている。


……半分以上は、女の子が抱き放題ってところに魅力を感じているのだろうが。


さて、これはどうしたものか……。


ふとエリシアの容貌を思い返してみる。


きめ細やかな、透き通るような白い肌に、プラチナブロンドの長い髪。


よくしつけられた優雅な所作の中で、サファイアのような蒼い瞳に少しだけ見え隠れする悪戯っぽい瞳の光。それが年相応の可愛らしさを引き立てていた。


……うーん、あの娘を得るために立身出世して成りあがるというのも、定番と言えば定番だよなぁ。


しかし、もう一つの定番として、主人公が最初に呼ばれた場所が敵側の組織で、敵対する主人公側に手を貸して、少雨数ながらも巨大な敵に立ち向かう、って言うのも王道パターンなんだよなぁ。


結局俺は、答えが出ないまま、部屋へと戻り休むことにした。


カティア?もちろん美味しくいただきましたよ?


そう言う理由で付けられたのだから、遠慮する必要性なんかないだろ?


カティアは、最中も事後も、何故か泣いていたけど。


そして翌日。


軍の兵器工場という所に連れて行かれた俺達は絶句することになる。

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