第5話 二人の竜人

「思ったよりも安く済みましたね」

 犬人がどこか安堵したような声でそう言った。

 商人相手にあれこれ値段交渉していたな、そういえば。

「そんなに安く済んだのかね?」

「ええ、相場のニ割引きです。レーテ様を襲ったことが一番効いたようですね」

 あんなこと、気にするほどでもないんだけれど、まあ、帰ってからうるさく言われないなら、それはいいか。

「ああ、そうだ。ここを出た途端に逃げないで遅れね」

 後ろを振り返り、不機嫌とも無表情とも取れる微妙な顔をした竜人を見る。

「お前が買ったのは、俺をここから連れ出す権利だけだ」

 おやおや、言ってくれるね。

「レーテ様、やはり別の奴隷にするべきでは? この街の奴隷の胸に刻まれる隷属印、あれは本来ならその印を持たないものに忠誠に近い感情をもたせるものだと聞きます。

 ですが、あの男を見ているとどうもその効果がないように見えるのですか」

「だから何なのだね? 私は多少反抗的でも、強い従者が欲しいのだからね」

 そう、強くなければ困る。肉体の力だけでなく、精神の方も。

 犬人は不安半分、不満半分といった顔で私を見た後、青い鱗の竜人を見る。

 言いたいことはあるんだろうけど、相手の雰囲気が話しかけさせようとしないのだろう。

 私はそんな彼らを見ながら、髪を軽く結い、フードを被り直す。

 さて、一旦宿にでも帰るかね。この竜人に必要な物もあるだろうけど、買い揃えるのは本当に使い物になるかどうか見定めてからだね。

「さて、一度宿の方に戻るとするかね」

 私達が商人に頭を下げられながらその場から立ち去ろうとすると、すれ違う形で二人組が入ってきた。

 黒い鱗の背の高い青年の竜人と、まだ子供だろう小さな青い鱗の竜人の二人組みだ。

 二人は私達の方を、いや違うな。私達と一緒にいる青い鱗の竜人を見て表情を変えた。

「どうかしたかね? 私達がなにか珍しいのかね?」

「え、あ、すいません、そこにいる青の男性に話があるのですが」

「青の男性? ああ、ええと」

 声をかけようとして、彼の名前をまだ知らないことを思い出した。

「そう言えば、なんと呼んだらいいのかね?」

「俺を買ったんだろう。だったら好きに呼べばいい。今までの奴らはそうしてた」

 ずいぶんと吐き捨てるような言い方だ。

「あの、おねがいします。おじさんの名前おしえてください」

 青年の横にいた少年が奴隷竜人に声を掛ける。

 この子、奴隷の男にどことなく似てるようにも見える。

「君は青の子だろう。どうしても黒といっしょにいる?

 ……まさか、村からこの子を勝手に」

「そんな訳ありません! お願いします、少しでいいんです話をさせて下さい」

 片方しかない目で怒りを露わにした奴隷に、青年は訴えかけるような声で願い出る。

「レーテ様」

「どうしたね」

「彼ら、何か事情があるようです。場所を移して詳しく話を聞いてみてもよいのでは?」

 確かにここで話を続けているのも、後ろにいる商人におかしな目で見られるだけだ。

「そうだね、どこか落ち着いて話ができる場所に行こうかね」

 犬人はしばしお待ち下さいと言うと、後ろにいる商人と何かを話し始める。

 やれやれ、この二人は何なのだか。

 まだ私はこの男を最後まで試していないというのに、ね。

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