第4話 彼は少女に買われる

 女、いや少女に呼ばれるままにその前に立つ。

 小さく細い体だと思ったが、こうして前に立つとその華奢さがよく分かる。豪奢な服こそ着ているが、飾りをつけた首の細さやブーツに包まれた足の細さは、その体が簡単に手折れてしまうことを語っている。

「じゃあ、こっちを見てくれるかね」

そう言って被っていたフードを脱ぐと、フードの中から琥珀色の髪が溢れ出し、少女の顔が露わになる。

 只人の少女だった。ただその顔は血が通っているのかと思うほど白く、立ち上がった瞬間倒れてしまうのではないかと思えるほどだった。

「さあ、私の目を見てくれないかね」

 緑にも金にも見える不思議な色の瞳を、覗き込んだ瞬間だった。

「レーテ様!」

 少女と一緒にいた犬人が悲鳴のような声を上げる。

 俺は……

「いいね、そのくらいでないとね」

 少女の首をつかんで押し倒し、拳を叩きつける寸前だった。

 何をやってるんだ俺は?

 まるで、この少女を殺さなければ、俺が食い殺されるような感覚に襲われて、そして……

「大したものだね。私と目を合わせて攻撃しようとまでするなんてね」

 クスクスと少女は笑っているが、慌てた様子の商人が他の奴隷たちに命じて俺を取り押さえさせる。

 抵抗するつもりはなかった。いきなり殴りかかろうとするなんて、俺がどうかしてたとしか思えなかったからだ。

「申し訳、申し訳ございません! お客様、おケガは」

「ああ、大丈夫さね砂埃で少し服が汚れた程度だからね、こんな程度ならはたけばいいさね」

「すまなッぐ」

「この! 出来損ないが!

 奴隷風情が! お客様になんてことを!」

 商人が俺の頭を蹴り上げ、何度も蹴りつける。

 こんな奴の蹴りなんて大したことはないが、あの少女は何だ?

 視界の端で、犬人となにかを話している少女を見る。今はフードを被りあの不思議な色の目は見えないが、目を合わせた瞬間を思い出し、冷たいものが背筋を走る。

「申し訳ございません、こいつはこの通り隷属印の効果が薄く、危険なのです。

 身辺警護をご要望でしたら、他にも良い奴隷が」

「うん、決めた。そこの青い鱗の竜人にするかね」

「何を言っているんです、レーテ様!

 貴女はさっきどんな目に合ったのか」

「合ったから、だね。

 私のそばに仕えさせるなら、あのくらいでないと話にならないのさね」

 自分を押し倒して殴ろうとした相手を買う? 何を考えているんだ、この少女は。

 第一、俺は誰かに仕える気も使われる気もない。

 そんな俺の考えや気持ちなど知らずに、こいつらは俺を取引する商談を始めていた。

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