第37話(アルベルト視点)

 俺は屋敷にいることになった。

 入り口には見張りが立ち屋敷から出ることは無理だが、屋敷の中は自由に動き回れた。

 表向きには、トルーズや侍女たちも自由に出来て、今まで自宅に籠っていた頃とあまり大差はなかった。

 だが、俺の気持ちには大きな変化があった。

 俺はシャルロットの櫛を肌身離さず持つようになった。

 まるでその櫛が彼女の分身であるかのようにいつも持ち歩き、寝るときは寝室のベッドサイドに置いて寝るようになった。


 こんな所で何かできることはないかと色々考えているうちに20年前の事を知りたくなった。

 今まで目を背けて来た。

 父の事も知ろうと思わなかった。

 父は俺や母の事などどうなっても良かったのだと思っていた。

 もし俺達の事を思っていたなら自分がこんな目に合うはずがないと考えていた。

 どうせ俺の事など誰も気にしてはいない。

 血のつながったものから邪険に扱われ、孤独な幼少期を過ごした俺はある意味父が憎かった。

 そんな父親が何を考え苦しんでいたかなんて想像もできなかったから。


 「トルーズ。悪いが父の残していたものを持って来てくれないか」

 「御父上の…生前の日記とかですか?」

 「ああ、そうだ。特にアドリエーヌ様が聖女でなくなったあたりが知りたい」

 「はい、すぐに」

 トルーズの返事は早かった。


 30分もしないうちにトルーズが古びた箱を持って来た。

 「こちらがお父様の残されたものです」

 「ああ、早かったな。そこに置いてくれ」

 トルーズに書斎の端に置くように指示する。

 トルーズは重そうな箱をすみに置くと出て行った。

 「アルベルト様お茶をお持ちします。アビーから聞いたんですシャルロット様が特別にアルベルト様の為にと持って来ていたお茶があると…」

 「そうか、頼む」


 シャルロットがそんなことを?

 胸が熱くなる。彼女はずっと俺の事を心配していたのか…もっと早く彼女と話をすれば良かった。

 いや、これから話はいくらでもできる。

 シャルロットは必ず連れ戻すんだから、絶対にそうするんだ。

 俺は何度もそう言い聞かせた。


 しばらくしてアビーがお茶を持って来た。

 「失礼します。お茶をお持ちしました」

 「ありがとうアビー…あの、そのお茶はいつ?」

 「はい、シャルロット様がヨーゼフ先生のところに行かれてすぐでした。旦那様に何かあってはいけないから、必ず朝食の時にこのお茶をお出しするようにと…オオバコとヨモギ、それに魔除けのクローバーも入っているそうです。でも匂いがあまり良くないのでバラ、ペパーミントとノイバラも入っているそうです。なのでお湯を注ぐととてもいい香りがするんですよ」


 アビーはやたら口早にそう言った。彼女もシャルロットが心配なのだとわかった。

 「そうか…シャルロットはそんなに俺の事を…好きだったのか…」

 最期の言葉はほとんど聞こえないほど小さかった。

 「私…すみません。余計なことを言って…失礼します」

 アビーは慌てて部屋を出て行った。


 残されたのは、優雅に香るお茶の香りと新緑を思わせるような美しいグリーンのお茶だった。

 俺はそのお茶をゆっくりと味わいながら飲んだ。

 オオバコ。ヨモギ。ドクダミ。バラ。レモンバーム。どれもが主張したがる特性がある薬草なのになぜかこのお茶はそれぞれが互いを尊重するようにしていて、何とも言えないハーモニーを奏でている気がした。

 「とってもおいしいよシャルロット。何だかすごく気持ちが落ち着く。まるで君がそばにいてくれるような気がする…さあ、俺もがんばらなくてはな」

 まるですぐそばに彼女がいるような気持ちになってすさんでいた気持ちにほんの少し余裕が出来た。



 やっと俺は立ち上がるとトルーズが持って来た箱を持ち上げ机に置いて箱を広げた。

 一番上にきれいな櫛が入っていた。きれいな布で包まれたそれを見て驚いた。

 シャルロットの櫛をよく似ていたからだ。

 ふたつの櫛を見比べる。

 シャルロットの櫛にもその櫛にも宝石が散りばめてあり裏側には花の絵が描かれていた。

 よく見ると。シャルロットの櫛には大小のルビーが散りばめてある。裏側にはバラの花の絵があった。

 もう一つの櫛にはダイアモンドが散りばめてあり、裏側には四つ葉のクローバーが描かれていた。

 俺はすぐに花の本を取り出す。

 宝石の意味は何となく分かった。ルビーは7月の誕生石、ダイアモンドは4月の誕生石だ。

 となれば…花は?

 バラは7月14日の花らしい。四つ葉のクローバーは4月2日だと書かれてあった。

 シャルロットの誕生日は7月14日という事か…もう一つは4月2日。誰だろう?


 俺は父の日記を取り出す。

 アドリエーヌがこの国に来たころの日記だった。


 アドリエーヌはまだ17歳の彼女は素晴らしい魔力を持つあどけない少女だ。いくら友好のためとはいえこんな異国の地にひとりで来るなんて寂しかっただろうと思う。

 なるべく早く聖女としての役目を終わらせて国に帰らせてあげたい。

 だが、弟のランベラートは自分の娘エリザベートを聖女にさせたがっている。エリザベートの力はあまりにも微力でとても聖女が務まるわけがないというのに。親の欲目とでもいうのかいくら説明してもランベラートにはそれすらわからないらしい。

 困ったものだ。

 それに事あるごとにアドリエーヌの行うことに文句をつけてくる。

 私はほとほと困っている。

 アドリエーヌには悪いがしばらく彼女にはエストラードにいてもらうしかないだろう。



 父の日記はそれからランベラートとの争いの事が何度も書かれていた。

 そしてエリザベートを聖女にするべきだと何度もランベラートともめていたことも書かれていた。

 そして3年の時が流れた頃のページをめくった。




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