第36話(アルベルト視点)

 自分の屋敷に連れて帰られて書斎に入ると近衛兵にやっと拘束を解かれた。

 「失礼しました。殿下どうか大人しくこちらにいらっしゃってください」

 「していられるはずがないと言ったら?」

 「落ち着いてください殿下。ひとまず座って下さい」

 一人の近衛兵が皆を書斎から追い出して俺と向かい合う。



 「申し遅れました。アルベルト様、私はレオンの友人のリンデンと申します」

 「レオンの…ああ、君がリンデンか」俺はやっと彼の意図が分かる。

 「はい、あなたにお会いするのを楽しみにしておりました。やっぱりあなたは…」

 「そんなことはいいから、それでこの後どうする?」

 俺はすぐにでも王城に取って返すつもりだった。



 「はい、殿下には今しばらくの間こちらにいていただきたく存じます。私は今までいろいろと王城の中を色々調べてきました。連れて来られた魔女たちは一か所に閉じ込められてそこで薬を作らされているようです。それにエリザベート様は魔力がほとんどないようでして、力のある魔女が数人彼女のそばにいつも付き添うようにしていまして、今日の式典の余興も別の魔女が炎を灯し、水を流し、花びらを舞いあがらせるように仕組まれていたのです」


 「やはりそうか。エリザベートはずっとみんなを騙していたんだな。それで今日のあの騒ぎは誰の仕業なんだ?」



 「多分エリザベート様の仕業かと…ですが確固たる証拠はありません。被害者が誰でエリザベート様とのつながりがどんな相手か調べる必要があります。ランベラート皇王とエリザベート様はロベルト様を使ってモンテビオ国と姻戚関係を結びコンステンサ帝国に反旗を掲げるつもりかもしれません。炭鉱から採れた石炭や鉄鉱石などを秘かにモンテビオ国に運び込んでいるという話もありまして」

 「そんなことが?」

 「石炭を運び出していたのはマール・ブランカスター様だと聞いております。鉄鉱石はリシュリート公爵の取り巻きの貴族かと…それにブランカスター公爵様を追い落とす計画もあるようで皇王と手を組んでおられるとかの噂もあり、そのために今日のあの一件を起こしたのではないかとも…もし邪魔な貴族議員たちが亡くなっていたらリシュリート公爵様と手を取り一気にブランカスター領の領地を手に入れることも可能ですし、モンテビオ国との友好条約を推し進めることも可能になるかもしれません」

 「ああ、今はコンステンサ帝国に逆らってまでそんな事をしようなんて馬鹿な議員は少ないはずだ」

 俺は事の深刻さに驚いた。


 「ですからアルベルト様にはこのままこの屋敷にとどまって頂いて相手を油断させる方が良いかと。ブランカスター公爵には私が話を取り次ぎますから、ブランカスター公爵様ならきっとお力になって頂けると考えております」

 「ああ、そうだな、実はマールの一件があって私と話がしたいと言われていたんだ。俺はあの時もそんな話関係ないと思っていた。バカだった。ここまで叔父が腐っているとはエリザベートに至ってはもう奢り狂った女としか言いようがない」

 俺はあまりの事に腹が立って仕方がなかった。



 「リンデン悪いがシャルロットがどこに連れて行かれたかすぐに調べれるか?一番心配なのは彼女の事だ。彼女に何かあったらと思うと…すまん。こんな頼りない俺だが頼まれてくれるか?」

 「殿下、あなたがその気になってくれるのを私たちはずっとお待ち申しておりました。アルベルト様さえその気になって頂けるならみんな立ち上がります。シャルロット様の事はお任せください。どんな事をしても彼女の居場所を見つけます」

 「よろしく頼む。俺はまずはブランカスター公爵と話をする。リンデン頼んだぞ」

 「はい、お任せください」

 俺はやっと目が覚めた。

 シャルロット必ず君を助けるから待っていてくれ。

 俺は心の中で固く決意した。

 そして机の中にしまっておいたシャルロットの金色のあの櫛を取り出した。

 美しく輝くこの櫛のようにシャルロットあなたは気高くたくましく美しい人だと心からあなたを好きになって良かったと思う。



 翌日の夜こっそりルミドブール家の書斎にブランカスター公爵が尋ねて来た。

 「アルベルト殿下ご無事で何よりです」

 「ブランカスター公爵あなたもご無事で良かった」

 ふたりは互いに固い握手をする。

 「はい、夜会のあの場でマールが慌てて来まして飲み物を飲んではだめだと言ってくれたおかげで私たちは何事もなく澄みました。それもシャルロット様のおかげなんです。彼女がすぐに知らせるようにマールに言ったのです」

 「そうでしたか‥私は彼女が誇らしい。あのたぐいまれなる勇気と気品。そして素晴らしい力…」

 俺は目を閉じる。シャルロットの姿が今も鮮やかに脳裏に焼き付いている。あの美しいユリの花をちりばめたドレスで彼女はまるで天から舞い降りて来た女神のように力を発動させた。

 今思い出しても胸が高鳴り俺の心は震える。



 「それにしてもシャルロット様のあの力には驚きました」

 ブランカスター公爵も大きくため息をついてあの時の驚きを話した。

 ええ、そう思いますよね。あの場にいた人なら誰もがシャルロットが素晴らしい魔女だと分かったはず。

 俺はうなずきながら話をし始めた。


 「ええ、私もです。彼女のおかげでたくさんの人が助かりました。それで私も覚悟を決めました。ランベラート皇王とエリザベートの見るに耐えない醜態、もう見て見ぬふりは出来ません。今度はロベルトの結婚相手にしてモンテビオ国と協定でも結ぶつもりなのでしょう。急いで手を打たなければなりません」



 「ええ、それなんですが。どうやら昨夜の夜会で倒れたのはわが領地の貴族やランベラート皇王に反感を抱いている貴族たちでした。コステラート皇王に仕えていた貴族はほとんどが領地を没収され今では貴族議員にも属さないものが多いのですが、のちに商売で成功したものや息子の代で伯爵家などと婚姻したもの、苦渋の決断をしてランベラート皇王に屈した貴族がおりましてあの夜会に出席していました。皆、アルベルト様が皇王になられるのを切に願っております」


 「ええ、それは私も存じておりました。でも私は幼少の頃よりずっとあの叔父に虐げられてきてそんな気持ちになれませんでした。どうか許していただきたい。でも、私は決心しました。この国の為に私は次期皇王になるつもりです。そのためには叔父とエリザベートを引きずりおろさねばなりません。それにはあなたの協力なしには無理です。どうか私に力を貸して下さいませんか?」



 「ええ、もちろんです。それで私の気持ちも決まりました。実はマールから驚くことを聞いたのです。マールは石炭をコンステンサ帝国に運ぶ重要な任務を任されていましたが、この半年ほどの間にコンステンサ帝国に運ぶ石炭の量は三分の二になったそうです。代わりに運ばれなかった石炭はモンテビオ国に運ばせていたそうなんです。マールはエリザベート様に命を救われたの思っていたので彼女の言うことを信じたようでして」


 「エリザベートは何と?」


 「はい、コンステンサ帝国は信用できない国で、何かあったらこの国に攻め込む気でいるのだと、だからそのためにもモンテビオ国と協定を結ぶ必要があると言ったそうです。そうすればコンステンサ帝国もうかつなことが出来なくなってエストラード皇国は安全だと」

 「何を馬鹿なことを…コンステンサ帝国は友好的な国でそんな気配などありはしません。私は国境警備でクトゥールにいたからよく知っています。あの国の騎士隊は私たちにもすごく友好的で…そんなことを考えている国ならもっとピリピリしているはずです」

 「私もそう思います。あの国には何度か貿易の事で訪れたことがありますが皇帝も話の分かる方で争うことは避けたいという考えだとはっきりわかりましたから…」


 「ブランカスター公爵、なるべく急いでランベラート皇王を王の座から引きずりおろす証拠を…例えばリシュリート公爵と結託してあなたの領地の貴族を貶めた証拠とかをつかんでいただきたいんです。エリザベートの事は王城で調べをしてくれているものがいて捕らえられている魔女たちの安全を保障すれば証人になってくれるでしょう。そして私は一刻も早く皇王の交代を求めるつもりです」


 「アルベルト殿下私もそのお言葉を心待ちにしていました。そうとなればすぐに…では私はこれで失礼します。どうか気を付けて」

 「ありがとうございます。公爵殿も気を付けて」

 もう絶対に失敗は許されない。

 シャルロットの事も絶対に助け出す。

 俺はぐっとこぶしを握り締めた。




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