第38話(アルベルト視点)

 ーそして3年の時が流れていたー



 ある日いきなりアドリエーヌと近衛兵のカールが恋仲だと衝撃的な噂が流れる。

 事の真相を問いただすと、アドリエーヌが泣きながらカールを愛してしまったと話してくれた。

 泣く彼女を慰める。何も悪い事ではない。若い男女が好き合うのは当たり前のことでいい事なのだから。

 ただ、アドリエーヌが純潔を失ったと言わなければ何事もなかったのだろうが。

 そのことがランベラートの耳に入ると事は早かった。

 すぐにエリザベートを聖女にすると議会で強引に決めてアドリエーヌを聖女の座から引きずりおろした。

 おまけに彼女の付けていた守護の宝輪までも奪ってしまった。あれはアドリエーヌのもので彼女の身を守るためにとクレティオス帝が娘に持たせたものだったのに、一体どうする気なんだ?

 いくら私がそんな事を言ってもエリザベートは全く取り合わない。

 ランベラートも一緒になって私を悪者に仕立て上げてしまう。

 聖女の管理もろくに出来ない王だと、そしてエリザベートが占いを行うようになる。

 そうなるともうあのふたりの思うままになってしまった。

 皆聖女の言うことを信じるのがこの国のしきたりだ。

 エリザベートの占いで私は皇王にふさわしくないと言われ幽閉されることになった。


 私は王でもあるがまず妻とアルベルトを守らなければならない。

 その時アドリエーヌが金色の櫛を私に差し出した。

 「これは身を守るお守りです。私のしたことは愚かなことだったのかもしれません。でもどうしてもカールを愛することをやめることは出来なかったんです。コステラート王どうか私をお許し下さい」泣きながらアドリエーヌが言った。

 でも私はそんな大事なものを受け取れないと言ったが、彼女はどうしても受け取って欲しいと言って聞かなかった。

 私はその金色の美しい櫛を受け取った。


 そのおかげか家族は皆無事だった。だが、そのうち私にエリザベートが作った薬湯を飲むようにと言われる。

 薬湯には多分毒が入っているのではと思った。だが飲まなければ家族に危害を加えると言われて私は黙ってそのまま薬湯を飲むしかなくなった。

 日に日に身体の具合が悪くなった。呼吸がしづらくなり、腹の具合も悪くなった。

 妻のビクトリアは飲まないでくれと私に懇願した。だが、私はふたりの命の保証を約束させて何も言わず薬湯を飲み続けた。

 きっともうすぐ私は死ぬだろう。残されたビクトリアやアルベルトの事を思うと胸が苦しくなる。

 だが、すぐに死ぬだろうと思われた私は意外にもしぶとかったらしい。

 きっとアドリエーヌが持たせてくれたあのお守りの櫛のおかげかも知れない。

 私は死んだあとこの櫛を肌身離さず持っておくようにとビクトリアに話しておいた。

 いくらお守りの力をもってしても、この命はあまり長くは持ちそうにはなかった。きっとエリザベートが毒の効き目が悪いともっと多くの毒を入れているのだろう。

 ランベラートが私を訪ねて来た時に、必ず妻と子供の命だけは助ける約束を果たせと確約書を書かせた。

 これを一緒にこの日記に入れておく。


 ビクトリアにもこの事を話しておかなければ、必ずふたりが無事に生きて行けるようにと私はそれだけを願っている。

 身体がだるく意識もあいまいになっている。しっかりしなければと思うが猛毒は私の身体のほとんどをむしばんでいるだろう。

 日記もいつまで書いていられるかわからない。


 アルベルトお前は次の皇王となる身だということを忘れてはならない。

 もしランベラートが間違った行いをしていたら迷わずお前が王になるんだ。

 エリザベートの考え方は母親に似たのか底意地が悪いと私は思っている。彼女を聖女にしたくはなかった。

 それが一番の問題だろう。エリザベートが悪い考えを起こさなければいいのだが…力不足の父ですまん。

 だが、お前には強く正しい王になってほしい。

 それにアドリエーヌの事も心配でならん。彼女のお腹には子供がいると聞いた。カールの父ラッセルも宰相をやめさせられて伯爵の爵位も奪われたと聞いた。そしてカールもアドリエーヌをかばって亡くなったとも聞いた。

 彼女を助けてやりたいが今の私にはどうすることも出来ない。ラッセルには陰ながらアドリエーヌを支えるように頼んでおいたが、たったひとりで心細い思いをしているだろう。

 すべて心残りだ。

 こんな終わり方をするなんて私は本当に情けない王だ。

 どうか我が息子よ。この国をエストラード皇国を頼む。

 また明日も日記が書ければよいが…


 日記はそこで終わっていた。

 こんなことがあったなんて知らなかった。父が毒殺されたなんて…

 俺達を助けるために毒薬と知って毎日、毎日毒を飲み続けていたなんて

 俺は…俺は知らなかった。


 どうしてもっと早く父の事を知ろうとしなかったんだ。

 もっと早く知っていればランベラートとエリザベートをあのままにはしておかなかったのに…

 だが、あの時俺はまだ3歳。そんなこと出来るはずもなかった。

 涙は信じられないくらい瞳から溢れて、そのまま頬を伝い喉元を流れ落ちて行った。

 喉の奥がひきつり胃が押し上げられる。

 身体中がわなわなと震え悔しさで唇を力いっぱい噛みしめていた。

 こんなことはしてはいられない。

 俺は絶対にあのふたりを許さない!



 そして俺は大変な事に気づく。

 父はアドリエーヌから金色の櫛を渡されたと…?

 箱に入っていたのがきっとアドリエーヌの櫛に違いない。

 とすればこの俺が持っている櫛は?

 まさか…シャルロットのではなくカロリーナの櫛なのか?

 ふたりともコンステンサ帝国の王女だった女性だ。こんな高価な櫛を平民が持てるはずがない。

 嘘だろ!

 じゃ、この櫛は…カロリーナの櫛だったのかもしれない。

 だからといって俺はその櫛を離さずにはいられなかった。





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