第34話(アルベルト視点)

 俺は王城の客間にシャルロットを運ばせた。

 ベッドに横たえ彼女に呼びかける。

 「シャルロット?しっかりしろ…目を開けてくれ…シャルロット」

 彼女はピクリとも動かない。


 息はあるのか?

 俺は彼女の顔にぐっと近づいて呼吸を確かめる。

 息はしている。温かい息が俺の頬にかかりほっとする。

 赤みが遠のいた唇は力なく開き気味になったままで、俺はその唇にそっと指先を這わせた。

 シャルロット…いつもは笑ったり怒ったりするかわいい唇…どうしようもないため息が漏れた。

 きっと力を使い過ぎたんだ。

 まったく…あんなに無茶するなんて信じれない。

 シャルロットはみんなを救おうと必死でこんなになるまで…


 俺の胸は獅子の爪にでもえぐられるようにぐさりと穴が開いた。

 俺は何をした?

 いつも逃げてばかりで何もして来なかった。

 何でも人のせいにして何かをしようとさえしてこなかった。

 やったのは自分を守ることだけ、騎士隊に入ったのだって自分のためだ。国のためでも人の役に立とうと思ったからでもなかった。

 何やってるんだ俺…


 「シャルロット君は勇気ある人だ。俺は目を背けるのはやめる。現実に向き合いやるべきことをする。だからシャルロット目を覚ましてくれ…もう、君にこんな事させたりしないから、約束するから…」

 シャルロットが苦し気に息をした。

 「シャルロット?苦しいのか?どうすればいい…」

 そうだ。ドレスをゆるめたほうがいい。

 自分でやろうとしたが手が震えてうまく行かなかった。


 「誰かいないか」俺は侍女を呼ぶ。

 「はい、何でしょうか」

 「彼女の服を緩めてやってくれ、きっと窮屈だろうから、それが終わったら医者も頼む」

 「はい、承知しました。すぐに…」

 侍女はてきぱきとドレスの締め付けをといてコルセットも緩めて行った。

 シャルロットは楽になったのか深く息を吸った。

 楽になったのなら良かった。


 俺はベッドのそばでシャルロットに付き添う。

 細い華奢な指をそっと手のひらで包み込んだ。

 シャルロット目を覚まして…君が無事か、どこか痛いところがないのか確かめたいんだ。

 伝わって来る温もりだけが俺の唯一のよりどころだった。


 「失礼します」

 「はい、あなたは?」

 「皇王様の医師をしておりますフランツと申します」

 「ああ、医者か。すまん彼女を診てくれ」

 「はい、ですがアルベルト殿下は退室願います」

 「わかった。終わったら知らせてくれ、外にいる」

 「わかりました」

 フランツはそう言うとシャルロットの診察を始めた。


 俺は外で待たされていた。

 ところがいくら待っても呼ばれる気配がない。

 俺はしびれを切らしてドアをノックした。

 「フランツ先生、そろそろいいですか?」

 「まだだめです。もうしばらくお待ちを」

 「あとどれくらいですか?」

 「今薬を投与して様子を見ている所です。彼女の心臓の音も聞きましたが心臓がきちんと動いているようですから、もう少し様子を見させて下さい」

 「そうですか…」


 とにかくシャルロットは無事だということだ。それに心臓の音を聴いたということは…ああ、だめだ。おかしなことを考えては彼は医者なんだ。

 俺はいらいらしながらまた廊下を行ったり来たりして時間を潰した。

 いくら何でもそろそろいいんじゃないか?

 また声を掛けてみる。

 「先生?フランツ先生?どうなんです。そろそろいいんじゃないですか?」

 「ーーー」



 返事は帰ってこない。

 まさか!

 ドアを思いっきり開けた。

 ベッドには誰もいない。

 「シャルロット。シャルロット…どこだ?返事をしろ!フランツは何処だ?おいフランツ!くっそ図られた!」

 クッソ!やられた。

 近くにいた近衛兵に尋ねる。

 「近衛兵。この部屋の女性は何処に行った?」

 「私にはわかりません」

 「誰か知っている奴を探して連れて来い!」

 俺はすぐに辺りを探し回る。

 だが、シャルロットの姿はもうどこにもなかった。

 エリザベートの奴…


 俺は頭に血が上ったまま、ランベラート皇王の執務室に出向いた。

 「エリザベートは何処です?シャルロットをどこに連れて行ったんです。あなたならご存知のはず…教えていただきましょうか叔父様」

 「アルベルト。何を血迷っている?おかしいぞ。あんな女ひとりに、あの女は反乱を起こそうと企んでいる奴らの仲間なんだぞ。いいからもう黙っていろ!」

 「黙っていられるはずがないでしょう。シャルロットをどこに連れて行ったか教えていただこう。彼女に何かしたら許さない。あなたもただでは済ませません!」

 俺は相当腹が立っていてもう抑えようがなかった。

 これまでの数々の仕打ちを考えれば遅いくらいだ。


 「おいおい、アルベルト。その女に相当のぼせているようだが…あの女がどんな女か知ってるのか?」

 「あなたは何を知ってると言うんです。夜会で人殺しをするような娘の味方でもするおつもりか?」

 「何を証拠にそんなことを?アルベルトお前こそただでは済ませれないと思え!たった今から自宅謹慎を申し付ける。近衛兵アルベルトを自宅に謹慎させろ!見張りを立てて絶対に屋敷から出すんじゃないぞ。。いいかわかったか」

 激しい口調でランベルトは近くにいた近衛兵にいいつけた。


 「はい、かしこまりました皇王様」

 俺は近衛兵の両脇を抱えられてそれをかわそうと身を返して逃げようとした。

 夜会の途中で剣や武器は持っていなかった。

 だがやって来た近衛兵につかまり、身動きとられないように後ろでに縛られた。

 そして無理やり馬車に押し込まれて連れて帰られた。

 情けない話だった。



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