第13話

 しばらくすると門番が馬に乗って戻って来た。

 「シャルロットと言われたか?グラハム様が会われるそうだ。ついて来い!」

 「はい」


 グラハム様が何者かもわからないがとにかく話を聞いてもらえそうでほっとする。

 安堵と動揺とで足元がふらつく。

 もっとしっかりしなくては…

 門番は馬にまたがったまま、大きな門をくぐった私の前を進む。

 私は遅れまいと急ぎ足で馬について行った。


 宮殿が近付いてくると、それはそれは大きな建物だった。

 天にそびえるほど高い尖塔や大理石でできた大きな建物はそれは見事だった。


 「お連れしました」

 門番が宮殿の入り口で待っていた男性にそう告げた。

 「ご苦労、下がって良い」

 門番はそそくさと退散した。

 男性の視線が私に注がれる。じろりと顔や着ているドレスを見られてたちまち恥ずかしくなる。


 「あなたがアドリエーヌ様の落とし子と申されるのか?」

 突然落とし子などと言われて耳を疑った。

 私はきっと邪魔な存在なんだとはっきり思ってしまう。

 でも、もうここまで来たら後には引けない。

 せき込みそうになる喉に唾を飲み下して呼吸を整える。


 「シャルロット・ジェルディオンと申します」

 確か父親のカールの性がジェルディオンだと聞いて学校ではこの名前を名乗っていた。

 私はその男性に頭を下げる。


 「私はクレティオス帝の執事をしているグラハムと申します。これからあなたの少しお話を伺ってもよろしいか?すぐにクレティオス帝に合わせるわけにはいかないのでね」

 「はい、わかりました」

 私はこの方の言う通りだと思った。


 そして宮殿の中に案内される。

 大きなアーチ型の天井には美しい装飾がされて、柱はおおきな円柱でいくつものレリーフが彩を添えていた。

 壁には大きな絵画がいくつもかけられていて、どれも立派な顔立ちの、そして瞳は緋色の方々ばかりだった。

 やっぱりここの王族は代々緋色の瞳を持っているんだわ。

 廊下はこれもかというくらい磨かれて艶やかな色を放っている。

 只々見事な建物に見ほれながら安心か驚きかもわからないままグラハムと名乗った男性の後を送れないようについて行くので精いっぱいだった。


 

 広い廊下を抜けていくつかのドアを通り過ぎやっと一つのドアの前でグラハムが立ち止まった。

 「こちらにどうぞ」

 私は手招きされた部屋に引き込まれるように入った。

 すごく美しい部屋だった。壁には花柄の模様、天井は折り上げ天井になっていてシャンデリアが眩しい。絨毯はふかふかだし家具はどれも重厚できれいな彫り物がされていた。


 私はドキドキぢながら立ちすくむ。


 「今、お茶を用意させる」グラハムがベルを鳴らした。

 すぐにこの宮殿の侍女と思われるエプロンにドレス姿の女性が現れた。

 私は部屋の中央にあるふかふかの椅子に座るよう案内されてその椅子に腰かけた。

 「ひゃっ!」

 あまりにも良い座り心地におかしな声が漏れる。

 「なにか?」

 「何でもありません」


 すぐにお茶が運ばれてきた。香りのいいこれはアールグレイと呼ばれるお茶ではないだろうか?鼻をヒクヒクさせて香りをかぐ。

 きれいな装飾が施されたテーブルの上には美しいカップに入った金色のお茶が置かれた。すぐそばにははちみつやミルクも添えられた。

 「温かいうちにどうぞ」グラハム様が紳士的に進めてくれたので遠慮なくいただく事にする。

 「いただきます」

 ミルクをカップに回しいれると私はカップを持ち上げた。

 いい香りにピリピリした神経まで凪いでくるみたいだ。

 そっとカップを口につける。

 ふわりとしたベルガモットの香りがして脳内にまでさわやかな気分が広がる。



 「それではそろそろあなたの出生からお話していただけますか?」

 グラハム様が口を開いた。

 「はい…」

 私は白昼夢のような時間から一気に現実に帰る。

 カロリーナから聞いていた話をする。

 「ですが、こちらにはアドリエーヌ様と生まれたお子様は亡くなったと知らせが来ておりまして」

 「それは今の皇王から?」

 「はい、確かランベラート皇王から直々のお手紙とお悔やみの品が添えられていました。お気の毒にアドリエーヌ様はもう遺骨になられてお子様は骨も残っていなかったとお手紙に書かれていました」


 「そんなの…お母様はコステラート皇王が退位した時にこちらに返されるべきでした。きっとランベラートとエリザベートは自分たちのしでかしたことが明るみになるのを恐れてお母様を牢に入れたままにして…それでお母様は私を守ろうとしてすべての力を使いきってしまったのだと。カロリーナが助けに来てくれなかったら私のそのまま死んでいたでしょう。それでカロリーナは森の奥でわたしを育ててくれたました。でもカロリーナは殺されたんです。それが誰なのかもわかりません。私はもうここに来るしかなったのです。どうか一度だけでもクレティオス帝に合わせていただけませんか?」



 私は知っていることをすべて話した。これ以上の事情はよく分からない。

 どんな事情にお母様やカロリーナが巻き込まれたかさえも、知らない方がいいと言ったカロリーナ。でもお母様はご遺体も届けられず、カロリーナもあんなひどい最後を…

 また胸がグズリと痛んだ。


 「あなたはそれ以上の事はご存知ないのですか?」

 「はい、詳しいことは何も聞かされておりません」

 「そうでしたか…我が国でも独自にそう言った事を調べる機関がありまして、その者たちの報告によればあなたのご想像のようなことがあったのだと思われます。その詳細はわかりませんが、きっとコステラート皇王の死にはランベラート様と娘のエリザベート様が関わっていたと。そして次の皇王になったランベラート様とエリザベート様は自分の私腹をこやすことばかりにおぼれているようです。次々に邪魔者は亡くなったり投獄されたりしているようですから…」


 「やっぱりそうなんですね」

 「それでランベラート様はあなたが生きている事を知っているのでしょうか?」

 「わかりません」

 「カロリーナ様はどうして殺されたのです?」

 「それは私にもわかりません。ただカロリーナが亡くなった後でエストラード皇国のアルベルト様という方が尋ねてこられました。何でも力を貸してほしいとかで、でも家に賊が襲ってきて彼はそのままその賊を追っていなくなりました」

 「アルベルト様ですか?彼がコステラート皇のご子息だとご存知ですか?」

 「まあ、やっぱりそうだったんですね。彼ははっきりとはおっしゃらなくて王族の関係者だと言われたので…ではどうして、アルベルト様が次の皇王になられるのではないんですか?」

 「いえ、どうもランベルト様のご子息のロベルト様が皇太子と決まっています」

 「そうなんですか…」



 「でも、困りました。あなたは死んだことになっているんです。あなたが本当にアドリエーヌ様の子かもはっきりしませんし…」

 「それにもしあなたが本も出あったとしても正式にあなたを王族の一員として受け入れられるかどうか…クレティオス帝に謁見されてみないとはっきりとはわかりませんが皇帝陛下もお困りでしょう。今は特にエストラード皇国との関係をこじらせるわけにもいかないんです。そうでなくてもランベラート皇王になってからギスギスした関係でして…」


 「そんな…何が原因なんですか?」

 「エストラード皇国にはたくさんの資源があります。それを我が国も他の国も輸入していますが、ここ何年かで取引金額が相当値上がりし足り、入って来る量も減っていまして、どの国も不満を抱えているんです。だからと言って戦争をするような時代ではありませんし、何とかコンステラート皇のような温厚で話の分かる方があの国の皇王になるといいんですが…これは個人的な希望ですのでご他言なさいませんように」

 グラハム様はすぐにそう言って黙った。


 それは無理かもと思ってしまう。

 でも、アルベルト様ならひょっとしたら…

 私はふとそんなことを思ってしまう。


 「おや?その指輪…」

 彼が首にかけている指輪に気づく。

 「これはお母様の形見だと聞いておりますが…」

 「見せていただいても?」

 「はい」

 私は首から外してグラハム様に差し出した。

 彼はそれを手に取ってしばらく眺めていた。そして私に返してくれた。


 「シャルロット様、取りあえずこちらで着替えを用意させますので支度をなさってください。皇帝陛下からお呼びがあると思いますので」

 いきなりそう言われてどきりとする。

 まさか偽物だと?牢に入れられるのでは?

 どうしたら信じてもらえるのだろう?


 でも、グラハム様の態度は指輪を見て明らかに変わった気がするわ。

 勇気を出して聞いてみる事に。

 「グラハム様、私が本物だと信じていただけたのでしょうか?」

 「はい、その指輪を持たれているということは確かな証拠でしょう。でも、まさかそのお姿というわけにはいかないですよね?侍女に支度を手伝わせます。では私は失礼します」


 グラハムが部屋を出て行くと侍女がふたり入って来た。

 私はすぐに裸にされた。

 ということは私がクレティオス帝の孫だって認めてくれたって事なの?




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