第14話


 私は侍女に手伝われてお風呂に入れられて、髪をとかされ、用意されたドレスを着せてもらった。

 どうも初めてコルセットなどというものを着けられて胸が苦しくて仕方がない。でも我慢しなくては…皇帝陛下にお会いできるのだから。

 私は呼吸が苦しいけど我慢する。

 でも胸の鼓動はどうやっても静まるはずもなく…


 じきに部屋に近衛兵が現れて謁見の間に案内すると言われた。

 何かを聞こうとしたが、そんな雰囲気などみじんも感じない。

 私は黙って近衛兵の後ろについて行くしかなかった。

 慣れない裾の長いドレスで歩くのにも精いっぱいだったが。


 「こちらになります」


 近衛兵がそう告げてドアを開けた。

 目の前に赤色の絨毯が真っ直ぐに奥の方に伸びていた。

 思わず後ろに下がってしまう。

 でも、でも…

 私は勇気を出して一歩足を出す。少し俯き加減で静かにその絨毯の上を歩いて中に入って行く。



 差し込む光の美しさに目を奪われた。

 窓は細長いステンドグラスになっていて柔らかな色とりどりの光が部屋の中に差し込んでとても美しい。

 「もっとそばに」

 「はい」

 私は中央の玉座に近づいて行く。

 もちろん首を垂れて進んで行く。

 なぜこんなことを知っているかというと、カロリーナから高位の人に会うときはこうするのだと教えてくれたから、そういえば話し方や食事のマナーや挨拶の仕方も教えてくれたわ。

 こんな時が来るかもって思ったのかしら…

 またカロリーナの事を思い出して悲しくなる。

 だめよ!しっかりしなきゃ…


 玉座の前まで行くと私はカーテシーの挨拶をする。

 「お初にお間にかかります皇帝陛下。シャルロット・ジェルディオンと申します。今日はお忙しい中謁見をお許しいただきありがとうございます」

 「うむ。シャルロットと申すのか…顔を上げなさい」

 そう言われて私は恐る恐る顔を上げた。


 真っ白いひげが印象的なもうかなりご高齢のクレティオス帝だった。

 彼は疑り深い目でわたしをじろりと見降ろした。

 しばらくピーンと張りつめたような時間が流れた。

 何か言おうかとも思ったが、あまりの空気に喉も張り付いたようになり声も出ない。



 「わたしはクレティオスだ。何と…そなたアドリエーヌにそっくりじゃな。その薄桃色の髪、緋色の瞳、可愛らしい鼻、ぽっちゃりとしたその唇も…アドリエーヌが生き返ったようじゃ、もはやアドリエーヌの忘れ形見としか言いようがない…それにシャルロットは指輪を持っていたな。あれは私がアドリエーヌに渡したもので、イシュビック家の紋章が入っておるからな。もはや間違いないだろう」

 クレティオス帝がシャルロットを見てまた驚いた。


 「皇帝陛下ありがとうございます。私はお母様の事は何も知りませんがお会いできて本当にうれしいです」

 シャルロットは胸が熱くなる。ああ…私のおじい様なのね。

 私はひとりじゃないんだわ。 

 シャルロットはぎゅっと両手を握りしめた。

 「私も会えてうれしいと思う…だが…」

 クレティオス帝は玉座の肘当てに折り曲げた手の上に顎を乗せて考え込んだ。



 「あの…何かご心配の事でも?」

 私は恐る恐る尋ねてみる。

 「それがな…手を上げて喜んでもいられないのだ。お前はすでに死んでいることになっておる。だからコンステンサ帝国の王女としてシャルロットを迎えるわけにはいかんのだ。今は非常に難しい時期でな…すでにエストラード皇国から死んだと知らせが来たものを今さらひっくり返すことは出来んのだ。それをすればエストラード皇国との関係を悪くする。我が国はエストラード皇国の資源を頼りにしておる。それをもし今停められたりしたら国が乱れる元になる。もしかしたら戦争が起きるやもしれん。そのような事態は絶対に避けねばならんのだ。シャルロットわかってくれるか?」



 「ええ、もちろんわかります。でも、そうなれば私はどうすればいいのですか?この国の人間としても受け入れてもらえなかったらどこに行けばいいのでしょう…」

 シャルロットは大きくため息をつく。

 ここに来れば何とかなると思ったのが間違いだった。

 森に帰ってこれからはひとりで暮らしていくしかないのか。

 きっと心細くて寂しくて…私にそんな暮らしが出来るだろうか?

 考えただけでも背筋が震えた。

 でも、よく考えれば、私がカロリーナに助け出されたことはきっとわかっていたはずよ。なのに自分たちの都合のい事ばかり言っているランベラート皇王とエリザベートに無性に腹が立った。


 「それは…もちろん何とかしてやりたいが…グラハム何か良い策はないのか」

 クレティオス帝がたずねた。


 「こんなことを言うのは本当に失礼とは存じておりますが…・シャルロット様にエストラード皇国に行っていただくというのは?あの国にも今の体制に不満を持っているものがあるようで…」

 「ほう、そんなやからが?」

 「はい、私共の秘密機関がそのような情報を手に入れております。カロリーナ様が亡くなったのも、この義士隊と名乗っている者たちがカロリーナ様に手助けを求めようとしたのを危惧してエストラード皇国の闇の組織が動いたのではないかと推測されます」

 「それでカロリーナは死んだのか?そうか…カロリーナが早々やられることはないと思っていたが、エストラードの闇組織が動いたとなればカロリーナに生き残るチャンスはなかったかもしれん。だがシャルロットの事は?グラハム?シャルロットは大丈夫なのか?もしも狙われているならどんなことをしてもシャルロットを守らねばならん!」

 「いえ、彼女の事はほとんどの人間が知らないはずです。現にシャルロット様はここに無事に来られたではありませんか。もし狙われていればとっくに命はなかったと…」

 「そうか…もう死んでいることになっているのが幸いしたとはな…とにかく無事で良かった」

 私はふたりの会話を聞いてカロリーナの死因がやっとわかった。

 カロリーナもあのふたりの犠牲になったのだ。そう思うとあのふたりが憎いと思った。カロリーナやお母様の恨みを晴らしたいと思う。



 そしてアルベルト様が尋ねて来た理由もわかった。

 きっとアルベルト様はその義士隊とやらに属していて、ううん、アルベルト様は今のランベラート皇王を倒してご自分が皇王になるつもりなんだわ。

 だからカロリーナに力を貸してくれと…

 やっぱりアルベルト様は私の思っていた通り正義の味方なのね。

 あの方と協力して私の恨みを晴らせるなら…


 私はしばしアルベルト様の事を思い出してぼーとなった。

 「シャルロット?」

 「……」

 「これ、シャルロット大丈夫か?このような恐ろしい話に驚いたであろう?」

 クレティオス帝が心配そうに私を見ていた。


 「あっ、はい。いえ、やっとカロリーナの亡くなった原因がわかって少し気持ちに整理がつきました…そして私のやるべきことがわかりました」

 「ほう?それはなんだ?」

 「はい、皇帝陛下。私はエストラード皇国に行きます。そしてその義士隊の方にお会いしてランベラート皇王を倒す手助けが出来ればと思います。私では力不足とは思いますが、何か少しでもお手伝いが出来ればと」

 「うむ。よく言ってくれた。私からそなたにこんなことを頼むわけにはいかんのだ。それはわかってくれるな?だが、こんな事態になって私も頭を悩ませておる。エストラード皇国との関係を切るわけにはいかんが今の皇王と聖女ではらちが明かん。無理難題ばかり押し付けて私たちも困っておるのだ。もし新しい皇王が誕生すれば…そうコステラート皇のように話の分かる温厚な人間であれば互いの国の発展は間違いないのだ」


 「はい、そうと分かれば私はすぐにでもエストラード皇国に向かいます」

 「ああ、シャルロットお前に気持ちは本当にうれしい。だが無理はしてはならんぞ。それに私たちの関係は決して口外してはならん」

 「お約束します」

 「とにかく今夜はゆっくり休んで出発は明日にするがよい。せめて晩餐を一緒にさせてくれ」

 「ありがとうございます。ではそのようにさせていただきます」

 「ああ、晩餐まではゆっくり休みなさい。それから詳しいことをグラハムから聞いておくようにな」

 「はい、わかりました。皇帝陛下お会いできて本当に良かったです」

 「ああ、もし事がうまく行けばお前をこの国の正式な王女として向かえると約束する」

 「私は王女なんて望んでいません。ただ、私にも家族があるそう思えるだけで心が満たされるのです」

 「シャルロット…」

 私は感激で胸がいっぱいになった。


 クレティオス帝が玉座から立ち上がり私を抱きしめてくれた。

 シャルロットはクレティオスが泣いていると知って胸が締め付けられるほどうれしかった。




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