第12話

 私はそれから1週間後にコンステンサ帝国の王都バロックに向かう事にした。

 ほんとはすぐに行くつもりだった。

 でも、もしアルベルト様が尋ねて来たらと思ったから…

 だって彼は一緒に行こうとか言ったような…

 そんな事あるはずもないのに…

 もういいんです。

 だってあんな奴!あんな事を言っておきながら、あれからなしのつぶてなんだから!



 私はそそくさと支度をする。荷物をまとめてトランクに詰める。

 ここにいるわけにもいかないんだし、まさか王宮に出向くことになるなんて…

 私はお出かけ用のマントを二枚持ってる。

 一つは薄い青緑色のりんどう色。もう一つは赤紫色の桑の実色のマントだ。

 今日は桑の実色のマントを身に着けた。

 荷物は着替えとカロリーナと一緒に作った薬草の数々。全部は持っていけないけどいつか取りに来るときの為に残りはきちんと保存しておく。



 そしてカロリーナが書き留めていた薬草に関する書物、お母様の形見の指輪も忘れずに持っていく。

 そしてカロリーナの持っていたお守りの櫛を見て大きなため息が出た。

 お墓に入れてあげるべきかって思った。

 けど…カロリーナの分身みたいな気がしてどうしても放せなかった。

 私の櫛がカロリーナの櫛を同じようなものなのも、きっと私にもお守りを作ってやろうって同じような櫛を作ってくれたのだと思う。



 本当は彼女は亡くなったのだからこの櫛はもういらないのだけれど…カロリーナの大切にしていたものだから、だから…どうしても私が持っておきたかった。

 彼女との大切な時間をずっとずっと大切にして行きたいから…

 ぎゅっと櫛を握りしめた。目の前に今もカロリーナがいて笑っている気がした。

 私はそれをきれいな布に包んでトランクに入れた。



 それにしても私の櫛はどこに行ったのかしら…困ったわ。どこを探してもないなんて…

 カロリーナが亡くなってしばらく家の中も散らかり放題だったけど、あんな大切な櫛をどこに置いたかわからなくなるなんて、あれは大事な私のお守りだからってカロリーナが言ってたのに…


 カロリーナの櫛はあるのに…私ったら自分の櫛を失くしてしまうなんて…

 でもお守りがなくても魔力の封印が溶けたんだもの。なくてもきっと平気よ。

 それにカロリーナの櫛があるんだもの。

 ああ…そんなことより、今一番心配なのはクレティオス帝が会ってくれなかったらって事よ。

 いきなりこんな見ず知らずのものが尋ねてあって下さるのかもわからないもの。



 それにしてもアルベルト様は私の事などどうでもいいらしいから。

 また思考はグダグダ彼の事を考えてしまう。

 もうくよくよ考えるのはやめよう!

 この際家の表に、この際カロリーナが亡くなったことを書いておいた方がいいわよね。

 私は表のドアに頑丈にこんな紙を張り付けた。


 【急で申し訳ありません。この家の住人であったカロリーナは永眠いたしました。お世話になった方々にお礼を申し上げます】


 ほら、こうしておけば薬売りの人やお客さんも諦めてもう二度とここを訪れることもないでしょうから…

 もしアルベルト様が来たらどうするつもり?

 もぉ、そんな事有り得ないから…いい加減に諦めなさい。

 そう言いながらも、私はアルベルト様のために咳止めに良いオオバコとヨモギを煎じた小袋を作る。



 それをドアノブにかけてため息をつく。

 来るはずもないのに、どこまでお人好しなの?私ったらばかみたい。

 私は死んだ。もう、これでいいのよ。

 「行きましょうか…」ひとりつぶやいた。

 こうして私はずっと暮らして来た家を後にした。



 ムガルから乗り合い馬車に乗って王都を目指すが足取りは重い。

 何度そう決意しても、すぐにアルベルトの事が脳内に浮かんでは消え、消えては浮かぶ。

 いい加減忘れなきゃと思うのに。


 馬車の中では年配の夫婦が載っていて私はじろじろ見られっぱなしで、ずっとうつむいたままだった。

 やっぱり魔女と思われて嫌われてるのかな?

 ずっとそう思って生きて来たのにカロリーナったらあんな事言うんだもの。私が王族の血を引いてるなんて。

 それならそうと言ってくれれば良かったのに。

 ずっといじめられてたのを知ってたのに…

 でも、きっとクレティオス帝とはあまり仲は良くなかったんじゃないかって気がする。

 だって…もしおじいさまが私を王宮に迎えていたら私たちはあんな森の奥で暮らすことはなかったんだから。

 それを思うとまたさらに気が重くなって胸が苦しくなってくる。



 私は急いで持って来たハーブティーを喉に流し込む。

 これはリンデンの葉とバラの花びら少々とレモンバームの葉を入れてある。

 このお茶カロリーナも大好きだった。そんな事を思い出すと涙がこぼれそうになる。

 あんな死に方…

 ううん、カロリーナだっていつまでもくよくよしてたらきっと悲しむから‥

 私がしっかりしなくちゃ、今までみたいに人に会っておどおどしてたらやってはいけない。

 私は王族の血を引くを知ると何だか少しは安心出来る気もした。



 王都バロックに着くと、たくさんの人が行きかい、たくさんの店が立ち並んでいる様子に驚いた。

 あちこちから売り子のにぎやかな声がした。

 馬車は街の中心街に停車して皆乗っていた人たちは下りていった。

 年配のご夫婦も最後までわたしをじろじろ睨みつけながら馬車を下りて行った。

 はぁ…ため息がでた。

 しっかりしなきゃ、こんなに人がたくさんいるなんて…私、大丈夫かしら?

 そわそわ落ち着かない気持ちをぐっとこらえて私もトランクをもって馬車から下りる。

 さて王宮は何処だろう?

 周りを見渡せば、きれいな布を売っている店や可愛らしいバッグや小物が並んだ店。それに香ばしい肉の焼ける匂いやおいしそうな果物の匂い。

 ハーブで作った香水の匂いもした。


 私は賑やかな市場に向かった。

 きょろきょろしていると声を掛けられる。

 「お客さんバロックは初めてかい?」

 屋台で肉を焼いていた叔父さんに声を掛けられてぎょっとする。

 魔女が来たって思ったのかしら?


 「あの…なにか?」

 「いや、あんたきょろきょろしてるからさ」

 叔父さんは平気な顔をして私に話しかけて来た。

 「あの…私が恐いとか?」

 「ああ、赤い目か。ここには貴族がたくさんいるから赤い目なんかしょっちゅう見てるから、どうってことない」


 私はそうなのかとほっとするがまだ体は少し震えている。

 でも、こんなことをしている場合ではない。

 「そうなんですね。あの…王宮はどのあたりかご存知ですか?」

 「王宮?あんた王宮に何の用なんだ?」

 「いえ、あの…」

 しどろもどろになる。


 まさかクレティオス帝に逢いに行くんですなどと言えるはずもなく。

 「ああ、そう言えば下働きを募集しているって誰かが言ってたな。それに応募してるのか?あんた魔法使いっぽいし、魔法でも使えるのか?

 「あっ、ええ、そうなんです」

 まあ、私の格好を見ればそう見えても仕方がない。

 何しろ周りの女性たちはこぎれいなドレス姿でわたしのように古びたコットンのドレスにマントを深々と被っている人はほとんど見当たらない。


 「ほら北の方角を見てみろ!」

 「はい」

 「あの向こうに宮殿が見えるだろう?あれが王宮だ。この道を真っ直ぐ行って大きな十字路を北の方角に曲がればじきに見えてくるから」

 「そうなんですか。ありがとうございます」

 「いや、ありがとうじゃなくて、どうだい?一切れ。焼きたてが一番だ」

 叔父さんはにやついた顔でわたしを見る。

 「そうですね。じゃ一切れ」

 「まいど。3コロネだ」

 「はい、これで」

 私はなけなしのお金を出す。残りはもう50コロネしかない。これでは宿にも泊まれないかも…

 とにかく急いで王宮に向かうしかない。

 私は肉を食べると少し元気が出た。

 何しろここの所ロクなものを食べていなかったから…


 やっと王宮の前に着いた。

 周りはしっかりした石造りの障壁で囲まれていた。

 大きくて高い鉄の門の入り口には門番が待ち構えていた。

 その向こうに森のような木々が連なって、ずっと奥の方に宮殿がそびえていた。

 宮殿はいくつもの塔があってそれは素晴らしい建物だった。



 「あの…クレティオス帝にお会いしたいのですが」

 「誰だお前は?そのようななりで皇帝陛下に会いたいなどとからかうつもりか?」

 門番の男は腰に剣を下げて、ガタイのいい体に髭面でいかつい顔でわたしを睨んだ。

 「お願いします。私は初めてクレティオス帝にお会いするのですが、アドリエーヌの娘だと伝えていただければきっと会って下さると…」

 私はフードを取りマントを脱いだ。

 こんな奇妙な格好をしていてはまずいと思ったから。

 「アドリエーヌ様?誰だそれは」

 「クレティオス帝の側妃の娘だと伺っておりますが、20数年ほど前にエストラード皇国に聖女をして行ったと聞いております。私はアドリエーヌがエストラードで産んだ子供です。名はシャルロットと申します。今までカロリーナと暮らしていましたが彼女が亡くなってこちらに行くようにと言い残したのです。どうぞお取次ぎを…」


 「待て!今確認する」

 門番は急いで馬に乗ると宮殿に走った。


 私の心中はまさに神に祈る気持ちだった。

 ここでクレティオス帝があってくれなければどうしよう…

 行く当てなどどこにもなかった。



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