22 神社から戻ったら悪役令嬢がナンパされかけていた。

 楽しい時間はあっという間というのは本当で、気づいたら神社を回り終えていた。


「――そろそろ帰ろっか。ダニエラさん、待たせてるし」


「そうだな」


 なんだか物足りないが、仕方がない。

 俺たちは今ダニエラに無断でここにやって来ているのだ。彼女を不安にさせているに違いないのだから。


 今度からはダニエラにスマホの使い方を教えて常に連絡できるようにしておいた方がいいかも知れない。

 ともかく、ダニエラが本格的に迷子になっている可能性もあるので、のんびりはしていられなかった。俺たちはお土産のスイーツが入った袋を片手に、手を繋いで寺の方へ戻った。


 ……その姿はきっと、他の観光客たちには恋人同士にしか見えないであろうということはこの時の俺には思い至らなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ダニエラを探してしばらく寺の境内を俺たちは歩き回っていた。

 案の定というか、正門のところにもその周辺にも彼女の姿はない。俺と明希は二人で寺のさらに奥へと進みながら彼女の名を呼んだ。


「おーい、ダニエラ。いるのか? いたら返事しろ」


「ダニエラさんどこー?」


 しかし、いくら呼んでも返事は聞こえてこない。

 大勢の観光客に紛れてろくに周囲を見渡せず、探すのは難しそうだった。 


「……これって結構やばいんじゃないか?」


「何が?」


「ダニエラってあの容姿だろ。連れ去りとか事件に巻き込まれてるんじゃ」


「まさかー。……と、言いたいところだけど、あり得なくはない、かも。でもあのダニエラさんでしょ。運動神経抜群だし大丈夫だよきっと。多分。そう信じたい」


「どんどん自信なくなってるじゃねえか」


 そんな風に言いつつも、時間が過ぎると共に不安は募っていく。

 先ほどまで明希とデート気分になっていた自分が恨めしい。無理にでもダニエラを連れてきて、三人で神社巡りするべきだったかも知れない……。


 と、後悔していたその時だった。


「――お黙りなさい。ワタクシを誰と心得まして?」


「なんだ、姉ちゃん。オレらに喧嘩売ってんのか?」


「ワタクシはダニエラ・セデカンテ。これ以上ワタクシに近づいたらただじゃおきませんわよ」


 染めた金髪にピアス、そしてダボダボパンツの絵に描いたようなチャラ男二人組の中から、聞き覚えのある声がしたのだ。

 ――ダニエラだ。ダニエラが男二人にナンパされかけているらしい。


「ダニエラさんっ!」


「おい、ちょっと明希!?」


「誠哉には絶対に助けさせないから! 王道ラブコメ展開を発生させてなるものかー!!」


 叫び、今まで俺と手を繋いでいた明希がものすごい勢いで駆け出した。

 向かった先はもちろんナンパ男に囲まれるダニエラの元。だが、明希一人が突っ込んでいって大丈夫なのだろうか。というより、むしろさらに厄介な事態になるだけでは。


 俺が行かなくては。でも、いざとなったら男二人組に勝てる自信なんて――。


「いや、何迷ってんだよ俺。やるしかない時はやるしかないだろうが」


 心を決め、ようやく遅れて走り出そうとした俺だったが、その行動は直後無駄なものとなる。

 どこからともなく見知らぬ少女が現れてチャラ男どもを蹴散らしたからだった。


「うちのお嬢様に何してくれてるんですかっ、この痴れ者どもがぁぁぁ――!!!」


 明るい茶髪を振り乱し、鬼の形相で叫ぶ少女。

 メイド服を翻す彼女が何者かはわからない。棍棒のようなもので彼女に殴られ、軽々と吹っ飛ぶナンパ男たち。しかしメイド服の少女は彼らに目もくれず、中央に立っていた青髪の美少女……ダニエラに駆け寄って行った。


 ここまでにかかった秒数、たったの三秒。

 あまりに一瞬過ぎる出来事に、俺はもちろん明希までも呆気に取られるしかなかった。


 ――ああ、またさらなる面倒ごとの予感がする。

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