10 帰り道、護衛に指名される俺。
「失礼ですけれど、はっきり申し上げてこの世界には無礼な方が多いですのね。挨拶もなしにいきなりあんな口をきくなんて信じられませんわ」
帰り道、俺、明希、ダニエラの三人で横並びに歩いていると、ダニエラが不満げにそうこぼした。
確かに先ほどの飯島の態度は悪過ぎると思うし、民度を疑われても仕方がないかも知れない。まさか校内三大美少女の実態があれだったとは俺も思わなかったくらいひどい。ギャルって皆あんな感じなんだろうか。ギャルというよりあれでは不良に近い気がする。
「まあ人によるんじゃないか。一応、まだ高校生だし」
「でも私は元々飯島先輩のこと好きじゃなかったから、なんかスッキリしたよ。私オタクだから今までも廊下ですれ違う度に馬鹿にされてたりしたんだよね」
「あんなのでよくモテるよな、本当に」
「スタイルが良ければ食いつく。男ってそういうもんでしょ」
「どの世界でもそこは変わりませんのね。ワタクシの婚約者なんて、体つき以外何の取り柄もない令嬢に傾きましたもの」
「ダニエラさんもなかなかの美少女なのに。目が節穴なんだねそのダメ王子さんは。ボンキュッボンのぶりっ子ピンク髪男爵令嬢のどこがいいんだか。悪役令嬢の方が絶対いいでしょ」
「ワタクシも理解に苦しむところですわ。――ところでサガワ様、少しお願いしたいことがあるのですけれど」
なんだか明希がまたマシンガントークを始めそうな気配だったのでしばらく黙っていた俺は、ダニエラの言葉に首を傾げた。
俺に頼みたいこととは一体何だろう。全く心当たりがないのだが……。ダニエラに限ってまさか勉強を教えてもらいたいなどという用件ではないだろうし。
「本日のように愚かな女一人程度では構いませんけれど、数人がかりで襲われるような事態も考えられなくはありませんわ。そういう時のために対処しておいた方がよろしいかと思いますのよ。そこで、サガワ様に護衛になっていただけないかと」
「護衛? 俺がか?」
「信頼できる方にしか、サガワ様にしか頼めないことですわ。明希様は女性ですし。侍女として雇うことができれば一番よろしいのですが」
この悪役令嬢、かなり図々しいことを言っている気がする。いいや、間違いなく図々し過ぎる。
なんだ護衛って? もちろんダニエラが言わんとしていることはわかる。わかるのだが、あくまで俺たちの関係は、追放されて気を失って倒れていた彼女を仕方なしに拾って、嫌々部屋に泊めてやって、仕方ないから戸籍を用意してやって、それからたまたま同級生に……。
――よく考えるとかなり関係が深いな。もはやただの知り合いとは言えないレベルで。
「私は別に侍女をやってあげてもいいって言いたいところだけど、オタク活動に忙しいから無理なんだよねー。それにお父さんが認めないだろうし。ごめんね?
それで誠哉が護衛ってのは反対かな。護衛が欲しいならもっとちゃんとした人を雇った方がいいと思う絶対」
つくづく惜しそうにしながら言う明希。
ちなみに明希の家事スキルはそこそこ高い。彼女の手料理を何度か食べたこともあるのでわかる。まあ彼女自身の言う通り色々と忙しそうなので作ってもらったのは幼馴染の俺ですら片手で数えられるほどしかないのだが。
「残念ですわ。いい取り引きだと思いましたのに」
「というと?」
「働いていただけるなら、それに見合っただけの資金をお支払いするつもりですの。ええと、この国の資金の単位は何だったでしょう。ともかく大金。大金ですわ」
「大金……」
ドレスや装飾品の金銀を売り払い、かなりの大金を得たダニエラ。
明希の言っていた通り高級マンションを購入した彼女だったがそれでも余るだけの金額だったようだ。ダニエラが護衛に雇う代わりとして提示した額は、高校生ではとても手に入れてはいけないような金額だった。
もしも俺が貪欲な人間だったら二つ返事で受け入れてしまっただろう。事実俺も悪い条件ではないと思った。でも――。
「やっぱり断る」
「どうしてですの?」
「俺に女の子、特にお嬢様を守るなんて役目は無理なんだ。俺、平凡中の平凡な男子高校生だから。喧嘩もろくにやったことないくらいだし」
「それなら心配ありませんわ。殿方がそばにいるというだけでも抑止力にはなりますもの」
「いるだけで……って言ってもなぁ」
「無理なお願いであることは承知しておりますわ。けれど、そこをなんとか」
ああ、ダメだ。
絶世の美少女に見据えられ、真剣にお願いなどされてしまったら。
俺は気づくとこくりと頷いてしまっていた。
「ありがとうございます。ではサガワ様、いいえセイヤ、よろしくお願いしますわね」
「誠哉ー!?」
笑顔のダニエラ、素っ頓狂な声を上げる明希。
しかし頷いてしまったものは仕方ない。そうして悪役令嬢のおねだりに負け、俺は護衛になってしまったのだった。
しかも結局大金を受け取るのは悪いのでタダ働き。家に帰ってから散々後悔したが、もう遅いという奴だった。
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