9 悪役令嬢、敵を作る
午後の授業中、ダニエラにこれほど人気があるのは危ないかも知れない、と俺は考えていた。
H高校の生徒数は2000人ほど。大して人口が多いわけではない小都市の高校ではあるが、2000人もいれば結構有名人がいたりする。
例えば校内三大美少女と呼ばれる女子生徒である。
一人はいかにもなギャルの三年生、
もう一人は高校一年生にして読モな
俺のようなTHE・平凡な人間にとっては手が届かないほどに男子女子両方から絶大な支持を持つ彼女らは、もしかするとこの状況――転校生が異常なくらいにチヤホヤされていることを、よく思わない可能性がある。
何か面倒なことになりそうだ。
そして俺の予感は見事的中した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「二年C組の転校生がいるんだって? ちょっと話したいことあるからついて来てくんないかなぁ?」
授業が終わり、放課後になってすぐのこと。
担任が出て行った直後に再びドアがガラリと開けられ、教室に金髪――明らかに校則違反な染め髪――の美少女がずかずかと入って来た。
キツい香水の匂いを漂わせセーラー服はギリギリラインまで着崩しており、ほとんど剥き出しになった太ももが男を誘う。
初対面だが俺は一眼でわかった。
彼女が校内三大美少女の一人に他ならないだろうということを。
「クソ雑魚地味男どもはジロジロこっち見んな。アタシはそこの青髪ちゃんに話しかけてるんですけど?」
「す、すみません」
ぎりりと睨みつけられた俺は――正確には俺一人を睨んだわけではないのだろうが――反射的に思わず謝ってしまう。
ああ、今すぐここから逃げ出してしまいたい。しかしダニエラを置いて出て行くこともできないし、何しろ金髪美少女はちょうど教室の出入り口に立っているので逃げられないだろう。
その一方で俺と違って図太い奴も多いらしく、罵倒されたにも関わらずワッと騒ぎ出す男どもが少なからずいた。
「飯島先輩!?」
「うわ、本物かよ」
「なあなあ告白しろよ。お前飯島先輩のこと好きなんだろ?」「違えよ!」「サイン! サインください!」
「うざい。アンタらは黙ってろってーの。で、どうなの青髪ちゃん。ダンマリ決め込んじゃってさ」
「どなたかは存じませんが、ワタクシをお呼びですのかしら?」
道具をひとしきり片付け終え、鞄を片手に席を立ったダニエラがこてんと首を傾げ、ギャル美少女――飯島を見つめる。
「そうに決まってんでしょーが」
「名乗りもしないでその態度ですの。ワタクシ、無礼者と交わす言葉はございませんわ。きちんと作法の勉強をしてから出直して来なさいな」
「――っ!?」
薄々こうなるような気はしていた。
だがまさか転校初日ではっきりと敵を作るとは、ダニエラはある意味すごい。さすが異世界人と言うべきか。
「アタシにそんな口きいてタダで済むと思ってんの? 締めるよ。ただでさえ転校生のくせにでかい顔してる奴がいるってこっちは苛立ってるってのにさ」
美少女のくせにヤクザみたいなことを言い出した飯島由加里。
ダニエラは彼女の挑発にそれ以上応えることはなく、俺と明希に「さあ、帰りましょう」と言ってきた。
「あ、ああ」
「ダニエラさん、やばいよ。飯島さんってああ見えて取り巻き多いし……」
「構いませんわ。今まで貴族として生きてきた身として、この程度の悪意にはなれておりますもの」
そのまま、俺たちを従えて教室を出て行こうとする。
しかしそうすんなり行くはずもなく、怒りで顔を真っ赤にした飯島が立ち塞がって唾を飛ばした。
「おい、アンタちょっと! 話は終わって――」
「くだらないですわ」
ダニエラは飯島の言葉を遮り、吐き捨てるように言った。
その目は今までに見たことのないくらい冷ややかで、先ほどの飯島の威嚇の比にならないほどの威力がある。
先ほどまであれほど威張りくさっていた飯島でさえ足を震わせるくらいには凄まじかった。
「……く、クソ、覚えてなよ」
「見栄を張るのはあまりおすすめいたしませんわよ? まずその怒りを内面に隠せるようになってから、ですわね。あなたはワタクシを陥れた男爵令嬢にすら負けていましてよ? 所詮は庶民ですわね。
ではさようなら。できれば二度とお会いしないことを祈っておりますわ」
そう言って教室を立ち去るダニエラの姿は、まさに悪役令嬢そのものだった――そう、後の明希は興奮気味に語る。
そして俺などは、教室を出てしばらくするまでは生きた心地がしなかったのだった。
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