8 悪役令嬢がハイスペック過ぎる。

 ダニエラの席は俺の隣、随分前に別の奴が引っ越しで転校していったのでたまたま空いていたところに決まった。

 男子生徒たちの嫉妬の視線がすごい。俺だってなりたくてダニエラの横になったわけではないのだが、言い訳したところで無駄だろう。仕方ない。


 そして、午前の授業はいつも通り淡々と進んでいった――なんてことはあるはずもなく、初日早々ダニエラが存在感をこれでもかと主張する事態となった。


 例えば――。


「ダニエラちゃんすごーい!!!」

「なになにプロ選手並みじゃなかった!?」

「やっぱ外国人には勝てないよー」


 平均的な日本人女性より頭ひとつ分以上背が高いせいなのか、陸上では他の女子を圧倒し。


「外国人って言ってたよね!?」

「クソ、僕が外国人に負けるとかなんだよそれ!」


 国語の授業ではこのクラスで一番の優等生でも答えられなかった問題をたやすく正解して見せた。


 カンニングしているのではと疑いたくなるレベルであるが、おそらくこれが彼女の実力なのだろう。

 悪役令嬢恐るべしだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 そんなこんなで迎えた昼休み――。


「ねーねー、その髪地毛なの?」

「地毛でしてよ。この国の方々は多くが黒髪のようですが、ワタクシの世界、もとい国には様々な髪色があって」


「中東の方に住んでたんでしょ? どんなところなのか教えてよ!」

「ええと……。困りましたわ」


「日本語ペラペラじゃん。すごーい」「友達になってよ」「日本のこと教えてあげる」「どこに住んでるの?」「やっぱりお屋敷みたいなとこ?」「日本に移住して来た理由は?」「ねぇねぇねぇねぇ」


「皆様、一気に話しかけないでくださいませ。まずは身分と名を名乗ってから……」



 昼食を食べ終わるなりすぐ、ダニエラは大勢の生徒たちに囲い込まれ、質問攻めにされていた。

 しかも二年C組の生徒だけではなく全学年からやって来ているのじゃないかという人数。それほど平々凡々たるこの学校にとって外国人――実際には異世界人なのだが――という存在、しかもそこまでハイスペックな彼女に皆興味津々だったのだ。


 本当は校内案内でもしようという話になっていたのだが、隣の席から群衆に追い出されてしまってもはや近づくことすら不可能。少し遠くから俺と明希は翻弄されるダニエラを眺めていることしかできなかった。


「大人気だね、ダニエラさん。なんか嫉妬しちゃうよ」


「そりゃあれだけ目を引くとな……。それに明希は陽キャだけど重度のオタクだから似た者同士しか近寄って来なんだと思うぞ」


「むぅ。でもいいの、私はネッ友多いから!」


「自慢することかよ」


 などとつまらないことを話しているうちに、あっという間に昼休みが終わってしまう。

 そしてわらわらと二年C組の教室から生徒たちが出て行って、五限目が始まった。


 五限目の科目は地理。しかも今日は小テストの日だった。


「大丈夫かな、ダニエラさん」


「さすがに地理は無理だろ多分。でも気にするほどのことでもないと思うぞ」


「確かにね」


 この世界に転移してきてからまだ十日と経っていないダニエラにとって、地理なんていうものはさっぱりわからないに違いない。

 だが別に彼女には現状進路や目標があるのでも、優秀な成績を取らなければならない理由もない。ただの思いつき、いわばお遊びなのだ。それに俺は正直ダニエラがどんな成績になろうとどうでも良かった。


 だが、ハイスペックお嬢様は俺の想像の上を簡単に超えてくるもので。


「……できましたわ」


 そんな声が隣から聞こえて来たのでチラと横目で彼女の解答用紙を見てみた俺は、「嘘だろ……」と呟かずにはいられなかった。

 こんな知識どこで知ったんだと問い詰めたい。俺だって別に成績優秀者でも何でもないから全問がそうかは確かめようがないが、少なくとも半数以上の難問が正解で間違いなかったからだ。


 後で聞いたら「事後報告になって申し訳ございませんが、サガワ様のキョウカショをお借りしましたの。たいへん興味深く、一日で覚えてしまいましたわ」とのこと。

 それを聞いた俺が言えることは一つ。


 ――こいつ、普通じゃない。

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