5 俺と悪役令嬢と幼馴染の、作戦会議
「……というわけで、『ぎててん』の魅力を語っちゃったわけだけど、それは一旦置いておいて。
ダニエラさんの世界って大体こんな感じだと思うんだけど、どうかな?」
三十分ほど経って、ようやく明希の怒涛のアニメ語りが終わった。
俺が一人そっと胸を撫で下ろしていると、口を挟む間もなく今度はダニエラの話が始まってしまった。
「その通りですわ。
この世界のことをよく知らないのでまだわかりませんが、我が故郷メロンディック王国には王族や貴族がいてその下に平民がおり、ドレスがございましたわ。
では今度はワタクシから、こうして異界にやって来るに至った経緯を詳しくお話しいたしますわね」
そこからまた長々と異世界について語られたのだが、半分ほど聞きなれない言葉だったのでよくわからない。
だがまあ内容を端的に言えば、やんごとなきご身分であったダニエラ・セデカンテ令嬢が、身に覚えのない罪を糾弾され、身勝手な王族に異世界へ送り込まれて永遠に祖国……というか元の世界へ帰れないようにされたということらしかった。
俺はそういうことに詳しくはないのだが、多分独裁国家が自分たちにとって都合の悪い人物に適当な理由をつけて追い出すみたいなものなのだろう。
「そして特別な魔力が込められた魔道具――箱のようなものに詰められ、すぐに意識を失ってしまって。
気がついた時にはサガワ様の胸の、胸の中にいたのですわ」
ほんの少し恥ずかしげにしながらもそう言い切ったダニエラ。
そこだけは言わないでほしかったと頭を抱える俺、そして俺に厳しい視線を向ける明希。
「ねえ誠哉、初対面の、それもこんなに美人さんな女の子をお姫様抱っこしたんだ? へー?」
「違うんだ明希。そんなやましいことじゃない。ただ、気絶していた彼女を運ぶためで……」
「なら面倒でも私を呼んでくれれば良かったじゃん! もうっ、誠哉の浮気者!」
「浮気してねぇよ!?」
再度言うが、俺と明希は決して恋人関係ではない。
ただの幼馴染。それ以上でも以下でもない。そして俺に現在も過去も彼女はいない。つまり浮気ではない。
……だがまあ、ダニエラを抱き上げたことは後悔していなくもないが。
「ところで」俺は強制的に話題を変えた。「もしも君が本気で異世界人だったのだとしたら、色々訊きたいことがあるんじゃないか。それとも異世界にとって日本は馴染みのある場所なのか?」
「いいえ、そんなことはありませんわ。異界は暗く苦しみだけが待っている死界だと言い伝えられておりましたもの。……この世界の名前がニホンですの?」
「いや、国名だけども。ってことは、完全に君にとってここは未知なる世界ってわけか」
「ええ。ですが仕方がありませんわ。メロンディック王国にひとまず帰れない以上、ここで暮らしていかねばならないでしょう。庶民の生活には慣れませんが耐えるしかございませんわね」
そう言って嘆息するダニエラ。お嬢様とあって、庶民に堕ちることは屈辱なのかも知れない。
と、俺がそんなことを考えていると、またもやグッと前傾姿勢になった明希が声を上げた。
「あのさ。日本で暮らしていくのはいいと思うし私としては悪役令嬢の傍にいられるなんて最高だし異世界のこととかもっと教えてほしいから大歓迎なんだけど、問題があると思うの。異世界人ってことは、つまり戸籍もないわけでしょ?」
「こせき、が何かはわかりませんけれど……」
「確かに」
首を傾げるダニエラ、頷く俺。
確かに本気でダニエラが異世界からやって来た人間だとするならば、地球にとっては異質な存在であるわけで、当然身分を証明するもの……戸籍をはじめとしたその他諸々がない。
それに真面目に考えれば今の状況は不正入国ということになるから、見つかれば色々と問題になることは必至だった。最悪逮捕され、ダニエラは地獄の生活を送ることになってしまう。
今日会ったばかりで彼女に対しては特段何の思い入れもないが、それは流石に可哀想だと思った。
「……なんとかならないのか?」
「うーん。戸籍を取得する方法もなくはないけど、裁判沙汰になるから一介の高校生たる私たちには難しい、かな。ねぇダニエラさん、魔法的な何かで洗脳するみたいなこと、できる?」
「魔法は使えます。けれどこの世界に来てから、どうやら使えなくなってしまったようですの。おそらくこの世界には魔素がないのだと思いますわ。それにワタクシの使えた魔法は水魔法と火魔法だけでしてよ」
「魔法……普通にあるのかよ」
「やはりこちらにはございませんのね。困りましたわ……」
ダニエラはどちらかといえば魔法問題に困っているようだったが、俺と明希にとっては戸籍問題の方が大事だった。
もし戸籍なしのまま秘密裏に匿うとしても、ダニエラの住居が困る。かと言って俺や明希の家に住まわせるわけにもいかないことは明白だ。「異世界からやって来た少女を養ってほしい」なんて息子や娘に頼まれたとして聞く親がいるとは思えないからである。
「よし、こうなったら私たちで作戦会議をしよう!」
「作戦会議?」
「そう。ダニエラさんをこの世界で生かしてあげるための話をしよう。誠哉だってダニエラさんを見殺しにしたくないでしょ?」
「もちろんそうだが……」
「そうとなったら決まり! ダニエラさんもいいよね?」
「もちろんですわ。ご協力、感謝いたします」
こうして、俺たちはダニエラ・セデカンテが地球で気兼ねなく過ごせるような環境を整えるべく、明希の部屋にて作戦会議を開くことになった。
なぜこんなことを、と思わないでもないが、ダニエラを拾ったのは俺なので文句は言えない。拾った以上はしっかり面倒を見るべきだろう――たとえそれが異世界人であったとしても。
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