4 拾った少女はどうやら悪役令嬢らしい。
「誠哉、待ってたよー。ってうわぁ、すっごい美人連れてるじゃん!」
俺とダニエラを出迎えるなり、明希が上げた第一声がそれだった。
今の明希は、きっちりと着こなした首に赤いリボンのついた茶色の制服にメガネという、一見すればデキる優等生にも見えなくないスタイルだった。ちなみに制服は俺たちの高校のものではなく、某ラブコメのコスプレ。眼鏡は夜中アニメばかり見ている弊害で目が悪くなったせいだ。学校ではコンタクトをしているが、家では眼鏡。眼鏡っ子な彼女を知っているのは彼女の家族と俺だけである。
……と、そんなどうでもいいことを考えていると、ダニエラが口を開いた。
「初めまして。ワタクシはダニエラ・セデカンテと申しますわ」
「え、しかもお嬢様言葉!? やだ本気で可愛いんだけど! ってかそのスカイブルーの瞳ってカラコンじゃなくてマジモンの碧眼じゃない!? うわやばっ。マジの異世界人!? ちょちょちょ、興奮して来たんですけど!」
「おいこら明希、騒ぐな。それに自己紹介しろ」
「ごめんごめん。
私、H高校二年C組の日比野明希っていいます。誠哉の幼馴染です! よろしく」
「よろしくお願いいたしますわ。ところでヒビノ様」
「明希って呼んでください」
「ではアキ様、サガワ様からアキ様の方がワタクシのお話がわかるとお聞きしたのですが、それは本当でいらっしゃるのかしら。
ワタクシ、冤罪を着せられ追放され、異界送りの刑によってこの地に飛ばされて来たのですが、右も左もわからず。ワタクシの差し出せるものであれば体以外は差し出しますので、どうぞお力をお貸しいただけませんでしょうか」
それまで大興奮だった明希は少しの間黙り、考え込むように腕を組んだ。
だがすぐに何かの結論に行き着いたらしく、顔を上げた。
「……いくつか質問したいんだけど」
「答えられる範囲でお答えいたしますわ」
「ダニエラさん、もしかして貴族令嬢だったりする? それで王子に婚約破棄された、とか」
「驚きましたわ。まだお話ししてもいないのに、そこまでわかっておいでですのね。
ええ、その通りですわ。ワタクシ、メロンディック王国の王太子グレゴリー・ルアホータ・メロンディック殿下の婚約者でしたの。しかし泥棒猫女のせいで婚約破棄されてしまって」
「それでダニエラさんは公爵家あたりの出で、婚約破棄によって実家から見放された?」
「侯爵家ですわ。そのまま異界送りの刑に処されたので実家からは見放されたかどうかはよくわかりませんけれど」
「……まんま悪役令嬢だ。マジだ、これまんま悪役令嬢だ」
明希が呟き、興奮からかぶるぶると震えている。
俺は彼女らのやりとりがまるで理解できなかったのだが、なんだか話が通じ合っているのはわかった。でもこのまま立ち話するわけにはいかないと思い、相変わらず震え続けている明希とダニエラを彼女の家の中に押し込もうとし――。
「リアル悪役令嬢キタ――!!!!」
明希の絶叫が俺の鼓膜をつんざいた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから、涙を流しながら狂喜乱舞する明希をなんとか落ち着け、立ち尽くして呆然とするダニエラに謝罪した後のこと。
明希の部屋に行った俺たちは、彼女のマシンガントークを聞かされていた。
「悪役令嬢ってのはね、乙女ゲームのヒロインに意地悪する貴族の女の子のことなの。まあ実際そんな乙女ゲームはほとんどないんだけど、Web小説界隈ではそういう設定はもはやテンプレなわけ。それでアニメ化されてる作品がいっぱいなんだ。
私のイチオシは『ぎててん』に出てくるエリエット様ことエリたん! 私最近このアニメに沼ってるんだけど、エリたんマジ可愛いんだよっ。何が可愛いって、普段クールなのに手を繋がれただけで赤くなっちゃうのとか好きな人に好きって素直に言えないところとか。なんたって主人公のアレグが『僕にとってお義姉様は世界のどんなものよりも大切です!」って言ってエリたんがバタンキューしちゃった時。あれはホント尊い。アレグの気持ちがよくわかるってもんだよ! エリたん最高――ッ!!!
ほんとはエリたんが来てくれたら一番良かったけど、でもリアル悪役令嬢に会えただけでも幸せっ。まさかこんな日がやって来るなんて! 感謝感激、神様ありがとうございますっっ」
「へ、へぇ……」
俺は曖昧な返事を返すのがやっとだった。
『ぎててん』というのは明希が現在ハマり込んでいるアニメで、正式名称は『推しの悪役令嬢の義弟に転生したので、悪役令嬢を救ってみようと思います』だそうだ。タイトル長っ。
ゲーム大好きな女子高生が事故死によりTS転生をして、ゲームの中のお嬢様キャラの義弟になって、義姉を助けようと奮闘する話だという。そのおかげでお嬢様は主人公アレグサンダーに恋をしてしまうのだが、主人公はラストにフって、お嬢様は他の男に嫁いでいくというストーリーらしい。
『婚約破棄』『追放』『破滅』『フラグ回避』『自称ヒロイン』『転生者』など、俺にとっては全く馴染みのない単語が次々と明希の口から飛び出しては垂れ流されていく。だが俺にとって一番驚きなのはそんな明希の話を熱心に聞いているダニエラだった。
俺が拾った少女は、どうやら悪役令嬢らしい――。
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