第29話 狐の少女R
「だから、あれほど言ったじゃないですかッ!」
怒号。
滅多に大きな声を上げない先輩が本気で怒っている。玄関先まで響いた声にチャイムを押す手が止まったほどだ。
一体、誰がいるんだ?
おれが着いた時、先輩の家の周囲には高級車がずらりと並んでいた。運転席には強面のサラリーマンが座っている。近づいても声を掛けられることはないが視線だけは確実におれを追っていた。
ぶっちゃけ怖くて視線を向けることすら出来やしない。
そんな連中を伴ってやってくる人物なんておれには想像もつかなかったし、そんな人物がいる状況で先輩の家に乗り込むことになるなんてもっと考えていなかった。
けれど、ここで回れ右して帰る訳にも行かない。
さっきの出来事を伝えなければ。
人が、死んでいるのだ。
おれは引っ込み掛けた指をチャイムに押しつけた。
「はい、どちら様でしょうか」
「あ、えっと、あの」
インターホンから聞こえてきたのは先輩でも亜衣でもなかった。女性の声だ。声の感じだとおれ達と同年代かもしれない。一瞬驚いたが怯んでいる場合じゃない。おれは自分の名前と要件を伝えた。
「あの、西和真と申します。星野真衣さんはいらっしゃいますか?」
「少々お待ちください」
拍子抜けするほどあっさりとした応答。追い返されるかもしれないと思っていたが、そんなこともなく、玄関の扉が開いた。
果たして、そこにいたのは、
「いらっしゃいませ」
仮面を被った少女だった。
狐の面。そのくせセーラー服を身につけている。背丈は低く、同年代かと思ったが下手すると中学生くらいかもしれない。
彼女は一度ぺこりとお辞儀してから中に戻っていった。
扉は開いたままだ。
入れということだろうか。突然の狐の面に面食らった上、状況がよくわからないがとにかく先輩へ報告するのが先決だった。
扉を潜ると見慣れない少女が増えた。
今度は小学生くらいの少女が二人。最初の少女と会わせて三人が玄関口でじいっとおれを見つめている。
ただ何も言わないならそのまま入って良いということだろう。靴を脱いで中に入ると少女達もまた奥の方へ向かっていった。
一瞬だけ、セーラー服の少女がこちらを見た。
どうやらついて来いということらしい。
靴を脱いで、小さい背中を追う。向かうのは応接間。畳の敷かれた和風の大部屋だ。小さい頃は三人で遊んだ後、昼寝をする時によく使っていた。
襖を開ける。
果たして、そこに先輩が居た。
「先ぱ」
「たわけたことを吐かすな、小娘ぇっ!」
たわけたこと?
突然の時代がかった罵声に思わず止まってしまった。罵声を発した奴に視線を向けて、異様な光景に息をのんだ。
全員仮面を被っている。
狐面だけじゃない。鬼の面、女の面、老婆の面、翁の面。ほかにもおれが見たこともない面が並んでいる。面と同じで室内にいる人間も様々な人種が居るようだった。
黒いスーツを着た男性や女性、巫女服をまとった女性。着流しをきたじじいもいる。おそらくこのじじいがさっき叫んでた奴だ。
仮面のせいで表情がまるでわからないが、一人だけ立ち上がって憤懣やるかたなしといった仕草をしている。
「貴様らに任せておいた結果がこれだ! 我らがこれまでどれだけの犠牲を払ってきたと思っている! 神託を受けたからと調子に乗りおって!」
「まったくだ。聞けば、縁もゆかりもない小僧に担い手を任せているらしいな。まったくもって信じられん」
「鎧が担い手を選ぶのは当然のこと。しかし、未熟な担い手を導くは巫女の役目。責任はそなたらにある」
「然り。星野も随分と落ちぶれたものだ。ここ百年はなかった事象。早急に対処せねばどれだけの災厄となることか」
「だから、起きちまったことをとやかくいっても仕方ねえだろ! こっからどうするか考えるしかねえじゃねえか! 全員で何とかするしかねえんだよ!」
「そのために責任を明確にせねばならんのだろうが!」
喧々囂々。
仮面の集団はそれぞれが好き勝手ものを言っている。ていうか、なんだこいつらの口調。芝居がかりすぎて胡散臭すぎるだろ。
だが、当人達は真剣そのものらしい。そのせいか、無駄に迫力もあって横やりを入れる隙がない。
非難の矢面に立つ先輩は普段通りの無表情。対照的に傍らに立つ亜衣は普段とは違う表情をしている。
先輩と同じ無表情。だが、おれは知っている。あれはマジで切れたときのそれだ。噴火寸前。まじでやばい。
ただ、一番驚いたのは、
「さっきから聞いていれば馬鹿みたい。同じ事を何度も何度も。所詮、星野もこんなもんなのね」
カンナがこの場にいたことだ。
しかも、何故か先輩の隣にいる。
「なんだと、小娘!」
「そもそも、そなたらが約定を破ったことが事の発端ではなかったかしら?」
「功に逸って自らの首を絞める。なんと惨めなことよ」
矛先が変わる。
今度はカンナに向かって嫌みったらしい言葉が浴びせかけられる。
聞くに堪えない内容だったが、カンナは素知らぬ顔で聞き流す。仮面の連中はそれでも先輩やカンナを詰っているが、先輩達自身はまるで意にも介していない。
どう考えても異常な状況だ。
ただ公開裁判というには先輩達が上座に座り、どれだけ仮面の連中が喚いても決定的な出来事が起きない。ただひたすらに言葉を叩きつけるだけ。
こんなことになんの意味があるんだ?
そんなおれの疑問なんておかまいなしで議論は進む。
というか、あれ?
なんでか知らないがこの人達どころか、先輩達ですらおれに気づいていないんじゃないか?
そこまで考えた時、
「ねえ、お兄ちゃん」
狐面の少女が声をかけてきた。
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