第27話 少女R

 一週間続いた悪天候がようやく終わりを告げた。


 これまでの暴風雨が嘘のように静まり、空には雲一つない。けれど、周囲に及ぼした被害は甚大そのものだ。


 学校の体育館は見知らぬ人であふれかえり、自治体の人たちが毛布の確保に苦労しているらしい。ラインに流れてくる同級生のメッセージは思いの外普段と変わらなかったが、配給された弁当が少ないなど生々しいものがいくつも見られた。


 学校は当然休校。


 幸い、おれの自宅も先輩達の自宅にも然程被害はなかった。体育館に避難している同級生の中には家を流された奴も少なくないらしい。そんな状況でおれがなにをしているのかと言えば、待機である。


 待機。


 自室のベッドで横になり、うすらぼんやりと天井を見つめているだけだ。電気も、ガスも、水道も全てが普段通り。被災した同級生に申し訳ないが、突然の休暇を満喫していた。


「…あー、暇だ」


 独り言はむなしい。


 誰かと会おうかと考えたがこの状況で気安く会いに行ける連中はいなかった。元部活仲間の連中は家族と共に学校に避難したり、親の実家に言ったりと散り散りだ。避難所に行くのも邪魔になってかえって迷惑を掛ける。


「…コンビニでも行くかな」


 重い身体を引きずって部屋を出る。

 時刻は午前十時を回ったばかり。朝食は六時に食ったからちょうど小腹が空いてきた。


 外に出ると日差しの強さが増した。本当に雲一つない快晴である。残念ながら朝のニュースではこの天気も今日だけで、明日からは豪雨となる見込みらしい。


 当たり前だ、元凶がまだ無事なのだから何度でも繰り返される。この状況を変えるには、竜をなんとするしかないのだ。


 今、先輩とカンナが作戦会議を行っている。


 お互いの情報のすり合わせ。さらには竜を生け捕るための具体的な方策など様々な事を話し合うらしい。らしい、というのは先輩の手伝いを申し出て丁重に断られたからだ。


 先輩が用意した資料の分厚さと内容の難解さと言ったらもう。


 先輩からの優しい言葉と実際の現実を見せつけられたのだ。現場の人間としてはその時に万全の体調で望めるように準備するだけである。


「げ、やっぱほとんどないじゃん…」


 コンビニに入って適当に物色しようとしたら棚から食品が消えている。

 震災の時もそうだったが、近隣住民が買い占めたのだろう。あれだ、被害に遭っていない地区の方が食料を入手するのが困難になる現象。アイスまですっからかんなのは笑うしかない。


 ペットボトルもほとんどなくなっていて、仕方なくいちごオレの紙パックを手に取った。次いでにコンビニ饅頭三個。当然揚げ物や肉まんも消えていた。


 レジに持って行くと雑な挨拶で死にそうな顔のおばちゃんが対応してくれた。いや、本当に死んでるのかもしれない。今にも倒れそうな雰囲気と商品を忌々しげに見つめる瞳。レジ打ちはさすがに正確だったが動きの緩慢さはゾンビのそれを連想した。


 震災の影響は大きい。


 押し寄せる被災していないお客様の対応を乗り切ったであろうおばちゃんへ心の中で賞賛を送って、外へ出た。


 直後、


「こんにちは」


 全身が硬直した。


 金縛り、だろうか。


 不思議と思考は冷静で、恐ろしいというよりも突然の事に困惑しているという思いの方が強かった。


 視線まで固定されていて、視界には見慣れた風景がある。それも写真のように不自然と停止していることに気付く。いやだって、宙に浮いた葉っぱがその位置で止まってるとかありえねえだろ。


「あれ、やりすぎた? んー、うまくいかないなぁ。もっと練習しなきゃだなぁ」


 子供の声だ。

 おそらく女の子。それにしては滑舌が良いのが気になったが、視界の端から軽やかに登場する姿を見て、予感がはずれていなかったことを確信する。


 白い、少女だった。

 長い銀髪と赤い瞳。

 およそ日本人らしからぬ風体だったが、白い着物のようなものを身につけている。少女は愛嬌のある笑みを浮かべている。


「どーも。改めましてこんにちは。自己紹介するのははじめてだよね? お兄さんの名前を教えてくれる?」


 少女は首を傾げて問いかけてきた。


 応えようにも言葉を発することが出来ない。なのに、少女は相づちを打つように頷きながら、おれを見つめている。


「なるほどなるほどー。お兄さんじゃなくてカズ君って呼んだ方がいいね。あ、お饅頭ちょうだい。私好きなんだー」


 少女は軽やかなスキップでおれから買い物袋を強奪した。饅頭のみならずいちごオレにストローを刺して行儀良く中身をすすっている。


 いや、なんだこれ?


 さすがに食い物を奪われて呆けている場合じゃない。ていうか、なにが悲しくて少女がうまそうにおれの饅頭を食う様を見せつけられなくちゃならんのだ。


 少女はそんなおれの思いを無視してぱくぱくと饅頭を平らげている。


「んー、あまーい。あ、私の名前言ってなかったね。あー、でもまだ名前はないんだよね。私生まれたばっかっりだし」


 もぐもぐと饅頭をほおばりながら少女はわけのわからないことを言っている。


「まぁ、別に私の名前はいいか。どうせ殺し合うんだし。あれ、殺し合いでいいんだよね? んー、言葉って難しいな。もうちょっと食べてから来ればよかったかな? んー、でも待つのも面倒だったしなぁ。まぁ、大丈夫かな? カズ君ももう私の正体わかったよね?」


「私ね、あの竜なんだ。カズ君にせんせんふこくにきたんだよ?」 

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