第26話 鎧とは 二


 物事には意味がある。

 宗教的な儀式にも、科学の実験行程にも、数式にも、言葉の順序にも、礼儀作法、学校行事、記号そのものにも。

 どんなに無意味に見える行いにも物にも全てなにかしらの意味があることなのだ。

 けれども、時を経てその行為が無意味だと判断されることが多々あるのも事実だ。その理由は視点の違いでしかない。

 宗教的儀式もその当時あるいは当事者達にとっては意味がある行為であった。しかし、現代の科学的な視点から見ればどうか。例外はあるのだろうが全てが全て意味がある行いだとはいえないはずだ。逆もまたしかり。

 様々な要因があるだろうが、その時代の視点、その立ち位置での視点、自分自身の視点。

 その時々の視点での判断こそが物事に対する意味の有無を決定付ける。

 鎧に対する認識もそうだ、と先輩は言った。

 おれはよく知らなかったが、凛子達にとっては鎧とは自分たちへの脅威だという認識しかないらしい。まぁ、全身鎧で覆った人間がつっこんでくると考えれば警戒して当然だろうとは思う。

 けれど、実際は違う。


 おれが鎧を身につけて戦ったことなど一度もない。


 どころか装置の起動スイッチを押しているだけ。…我ながらこれでバイト代をもらってる時点で終わってると思う。

 その上、凛子達に襲われた時だって何一つできなかったのだ。俺自身が喧嘩が弱いなんて点はこの際無視。そもそも鎧に武装がない時点で何の脅威にもならないじゃないか。

 居る意味がない。

 まさしく無意味。

 けれど、無意味なものが残っているはずがない。


「依代…いや、封印か? でも、封印したとしてもどこで抑え込むんだ? 縁のある土地もなにもないってのに。いくら星野だって縁を結ぶのは…いや、そうか、縛るってことかよ? はは、イカレてる」


 ぶつぶつと凛子は自分の世界に沈んでいる。

 さっきからこの調子で反応もなくなってしまったが、かまわない。どうやら先輩の思惑通りに事が進んだようだ。

 竜の生け捕り。

 初めて聞いたときは言葉を失った。いくらなんでも無茶だと思ったが、それをおれがやると聞いて本気で先輩が正気を失ったかと思った。

 けれど先輩は本気で言っていたし、それならばおれに断る理由はない。

 …具体的な方法については何故か教えてくれなかったが大丈夫。凛子に対して話す内容についてもここまでしか教えてくれなかったが大丈夫。ここでごねられてもなにもできないがきっと大丈夫。大丈夫だ、きっとたぶんメイビー。


「…わかった。決めたよ」


「お、それじゃあ」


「ああ、乗った。カンナはあたしが説得する」


 思わず拳を握る。

 よかった、うまくいった。

 我ながらなんでうまく言ったのかもよくわからなかったが、これでいい。ここまでがおれの仕事だ。むしろここから本番な気がするが、今は気にする必要はない。

 ふと、汗をかいていることに気付いた。冷たい汗。先ほどまでの沈黙が思いの外効いたらしい。

 その苦労もようやく報われる。


「なら、早速先輩に連絡するよ。細かいことは後で連絡するから」


「待った」


 スマホを取りだそうとして凛子に止められる。

 不敵な笑み。

 思わず全身が硬直した。

 この笑みを見た覚えがある。ごく最近。浮かべていたのは別の人物だが、その笑みの恐ろしさはよくわかる。

 悪巧み。

 まさか、こんなに頻繁に見ることになるとは思わなかった。


「なんだよ? やっぱりなしとか言うつもりか?」


「いや、その件についちゃ話を進めて結構。あたしは約束は絶対に守ることにしてる」


「じゃあ、一体」


「そうだ、約束ってのは大事だよな。特にお互い信頼している間柄じゃ絶対に破っちゃいけない。それまで積み上げたもん全部壊しちまう。だから絶対に破っちゃいけない」


 にやにやっと笑みを浮かべながら凛子は言う。

 まるで要領が得ない。その上、彼女らしからぬ饒舌さ。なにを言いたいのかわからず、凛子の言葉を待った。


「逆に言えば、どんな状況でも約束を守ることができるならそれは何よりも強固な信頼関係の証になる。そう思わないか、カズ?」


「あ、ああ。かもな」


 唐突に話を振られ、同意する。

 うん、なにも問題はない、と思う。ようは今回の件についてはお互い絶対に守りましょうねということだろう。

 それをここまで回りくどく言う理由はよくわからないが。


「だよな、そうだよな。でもさ、それはボスの間だけの話。上同士の約束じゃん? 現場のあたしらは方針として従うけど、あたしら個人にとっては約束でもなんでもないわけだ」


「うん? …いや、それなんかちが」


「だからさ、あたしら同士でも決めごとってゆーか、約束しようぜ。な? 中身はなんだっていいんだ、とにかくお互いが絶対守るってことでさ、結束力を高めたいんだよ。な、いいだろ? な?」


「ちょ、だから近えって…!」


 胡散臭い。

 胡散臭いが胸元を押しつけられると追求することができなくなる。見上げる仕草もわざとらしいくらいぶっりっこだったが、それでもなんつーか、まぁ、可愛かったから同意してしまった。

 それがいけなかった。


「おっし! んじゃさっそく。ゆびきりな、ゆびきり」


 凛子はにししと笑みを浮かべて小指を無理矢理組んでくる。

 この年になってゆびきりかよ、と思う間もなくはじまっていた。


「ていうか、何の約束をするかも決まって」


「いいから、いいから。あたしに続けて、さん、はい。ゆっびきっり、げんまん」


「…ゆびきり、げんまん」


「正気を失ったら殺ーす。指切った」

 

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