第24話 終わらない夜

 おれ、なんでこんなとこにいるんだろう。


 想像よりも随分明るい照明に照らされながら、そんなことを他人事のように思っていた。


 腰掛けたベッドもまた思った以上に柔らかくて、そのまま寝ころびたい気分だった。


 すぐ近くでシャワーの音が聞こえなければ。


「いやいやいや、ちょっと待ってくれよ。マジで」


 なんでおれは凛子とこんなとこに来てんだよ。


 そりゃ、確かにびしょぬれで、せめて雨宿りをするところを探してはいたが、だからってこんなとこに来る必要があったのだろうか。


 凛子の躊躇いのなさに戸惑ってしまい、ろくな抵抗をしなかったのは確かだ。いや、それが全てな気がしてきた。


 だって、雨降ってたし。風やばかったし。


 自分自身に言い訳しながら、おれはシャワーの音を意識しないようにするだけで精一杯だった。


 台の上に置かれた風俗情報誌はゴミ箱に投げ込んだ。リモコンも定位置からは決して動かしていない。ドラマでよく見た展開だけはしてやらないと決めたのだ。


 これで安心。


 だから、これ以上心拍数を上げる必要はない。


 ないんだ。


「おーっす。お前もシャワー浴びろよ、風邪引くぞ」


 きた。


 身構える。大丈夫、これからの展開は予想できている。あいつのことだどうせ下着姿で来て、主導権を握ってくるはずだ。ついでにおれの反応を楽しむだろう。


 大丈夫、下着姿ぐらいで怯むおれじゃない。淡々と対応して交渉をおれ達に有利に進めるんだ。


 水の滴る音、大きな足音。


 あえて視線を下に固定し、凛子が来るのを待つ。


 凛子はおれの正面に立った。細い足首が見える。おそらく、下着姿で胸を張ったまま、おれを見下ろしているのだろう。


 大丈夫。下着姿じゃ狼狽えない。


 自分自身に言い聞かせ、おれは凛子をみた。


「どーよ?」

 

 おれは言葉を失った。

 モデルのようにポーズを決めた凛子は、得意げな笑みを浮かべ、おれを見下ろしている。


 水を滴らせながら照明の光をはじく肌には意外なことに染み一つない。強調された胸の膨らみは予想よりも遙かに迫力があった。くびれた腰と程良く肉感のある太股。一瞬で脳裏に刻まれた光景がおれの思考を埋め尽くす。

 予想以上の光景。

 ていうか、こいつマジかよ…! 


「お前なんで裸なんだよッッッ!」


「サービス♪」


「馬鹿じゃねえのっ? マジで馬鹿じゃねえのっ!」


「ガン見してる奴が何言ってんだよ。男なら堂々とおっぱい揉んでみやがれ」


「来んじゃねええええっ!」


 馬鹿じゃねえの、馬鹿じゃねえの、馬鹿じゃねえのっ?


 こいつマジイカレてるっ!  


 おれは全力で壁際まで離れ、凛子を凝視する。


 あいつは呆気にとられた顔をしていたが、すぐににんまりとした笑みを浮かべる。舐めやがって。その生き生きした表情は悪魔のそれだ。油断すればこのまま一生おもちゃにされる。


 わかっちゃいる。


 わかっちゃいるが平気でいられるはずもない。


 頬が無駄に熱い。


 心臓が飛び出しそうなほど跳ね上がり、落ち着けようと深呼吸してもまるで効果がなかった。


 其れすらも楽しいようで、


「あれー、どうしたのー、かぁずきゅうん♪」

 

 凛子は三日月の笑みを浮かべながら近づいてきた。


 こいつ、マジこええ…!


 こいつの思考回路がおれにはわからない。なんでここまで親しくもない相手(つーか、敵)にこんなことができるのか。


 恐怖を感じるおれをあざ笑うかのように、凛子は近づいてくる。


「う、うるせえ! シャワー浴びっから入ってくんじゃねえぞ!」


「あん? それ、振りか?」


「んなわけあるか!」


 全力ダッシュで凛子をすり抜ける。


 浴室に入り、鍵を閉める。すれ違いざまに凛子の勝ち誇った笑みが忘れられない。


 頭から熱いシャワーを浴び、冷静な思考を取り戻す。


 思わずうなだれた。


「完っ全に負けた…」


 よりにもよって凛子に主導権を握られた。


 これからの展開を考え、おれはただただ深くため息をはくしかなかった。


                  

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