第22話 御伽話

 

 世界のはじまりなんて、今更すぎて誰にもわかりません。けれど、私たちはそれを信じています。


 先輩はそう前置きして語り出した。


 これは先輩が母から聞いた御伽噺。先輩の母は先輩の祖母から。そうして脈々と口伝で伝えられた世界の真実が、今おれが直面している現実なのである。


「そもそものはじまりは宇宙創世の時。無限に広がる空間が発生したことから始まります。神々はその空間に数多の可能性を見出しました。自身が完成した存在であった彼らは、なんの気まぐれかその可能性を開花させる手段を執りました。それが国造り。今いる私たちの世界やあなたがこれまで向かった世界、それ以外の全ての世界をその時に生み出したんです」


 けれど、それで終わりじゃなかった。


 世界を作った神々はその世界がより完成され、自分自身と同等の存在となることを望んだのだ。


「世界が成長し続けることを神々は決めました。ただ在るだけの存在から生きる存在へ。結果、無限にある世界は一つ一つが個として特徴を持ち、その成長にも差異が生まれました」 


「差異ですか?」


「ええ。発展しているか衰退しているか。そして、なにより高次元の存在へと変貌するか否か」


 それが、あの竜。


 星が成長し、高次元の存在へと変貌した姿だと彼女は言った。


「なるほど。つまり、今までやってたのは高次元になる寸前だった星、いや、世界からエネルギーを奪ってたってことですね?」


「違います」


「え?」


「逆ですよ。衰退した世界。先のない、滅びをまつだけの世界から回収していました」


「それは、おかしくないですか? だったらなんであのとき先輩はおれをあの世界に送ったんです? 今回に限って特別だったんですか?」


「いいえ。あの世界も滅びを待つ世界でした。それでも高次の存在へと変わったのは」

 

「これまで回収したエネルギーを使い、強制的に進化させたからです」


「なんでッ!」


 叫んでから気付く。


 思わず先輩の両肩をつかんでいた。華奢すぎる肩の感触に一瞬正気に戻ってしまった。いや、んなことはどうでもいい。眼前で呆けたようにおれを見つめる先輩に声を荒らげた。


「なんでそんなことしたんですか! 折角回収したのに、また一からやり直しじゃないですか!」


「あなたが大事だからです」


 真っ直ぐな瞳に言葉が詰まった。

 けれど納得できるはずがない。

 稼ぎの全てをなくした、と彼女は言ったのだ。膨大な借金の返済があるのにどうしてそんな馬鹿な真似をしたのか。

 おれなんかどうだっていいじゃないか…!


「返済は、どうするんですか?」


「言ったはずです。あなたが心配することではありません。…蓄えもありますから大丈夫です。稼いだお金を全て返済にしてしまえば生活もできないでしょう?」


 先輩はそう言っておれの勘違いを指摘する。

 けれど、それだって論点をずらしただけだ。おれのせいで先輩達がいらない苦労を背負ってしまったのだ。

 情けねえ。

 本当に、情けなさすぎる。


「先輩、今すぐおれを送ってください。なくした分をすぐ挽回しましょう」


「ちょ、ちょっと、あんた何言ってんのよ! ていうか、近い! 近すぎるから! 離れて!」


 それまで黙っていた亜衣が身を乗り出す。


 おれと先輩の間に無理矢理割り込んできて、おれを押しのけてきた。


「はなせよ、亜衣! おれは先輩と話して…痛い痛い参ったっ! 参ったからアイアンクローはやめろぉ! 頭ミシミシいってる! ミシミシ言ってるからぁ!」


「いいからだまってなさい。ほんとあんたは熱くなると人の話を聞かないんだから!」


 このゴリラがっ!

 そう叫びたくても脳裏にリンゴが砕ける情景が浮かんで何も言えなくなる。実際頭はミシミシいってるし、痛み以外にも何とも言えない気持ち悪さまで感じてきた。

 長年の経験から抵抗は無駄だと理解しているのでされるがままになる。頃合いをみてなのか、亜衣は握る力を弱めた。

 それでも決して離そうとはしない。


「落ち着いた?」


「はい、落ち着きました」


 鋭い眼光で問いかけてくる亜衣に応える。それから数秒ほど経って、ようやく解放された。

 亜衣のやつマジゴリラ。

 もはや先輩に抗議しようなどと思いもしなかった。気力からなにから持っていかれてしまったのだ。このまま床に倒れ込んで爆睡できるほどに。


「カズ君の気持ちは嬉しいです」


 先輩はおれと亜衣とのやりとりがなかったかのように話を続ける。

 さすがだ。

 いや、おれとしても亜衣に吊される情けない姿に触れられなくて助かったが。


「何度も言いますが、必要だからそうしたんです。あの場面であなたと鎧を奪われる訳にはいかなかった。そのために星を目覚めさせました。この選択を私は間違っていたとは思いません。私達にとってあなたは必要な人なんです。だからあなたが責任を感じる必要はないんです」


「先輩…」


 本当にこの人は優しすぎる。何一つ満足にできないふがいない自分が悔しくて仕方がない。

 先輩は普段は決して見せない優しげな笑みを浮かべた。

 思わず鳥肌が立った。この人は本当に美しい。この笑みに学校の男子がどれだけ魅せられたことか。

 幼い頃から一緒にいるおれにはこの笑みの意味がよくわかっている。

 というか、思い出した。

「それに、カズ君は一つ勘違いしています」

 

「これは、ビジネスチャンスなんですよ?」


 悪寒が止まらない。

 この人は身内に甘い。トロ甘だ。けれどその分、それ以外には一切の容赦がないのだ。

 この笑みに泣いた人間がどれだけいたことか。決して油断してはいけないのだ。

 一番泣かされたおれが言うんだから間違いない。

 徹底した合理主義。

 菩薩のような笑みを浮かべて、その完璧な美貌に相応しい冷徹な所業。

 これから起こる困難を思い、おれは初めて先輩に協力したことを後悔した。


 ただ一つだけ疑問がある。

 

 そもそも、先輩の返済相手とは何者なんだろうか。

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