第21話 地下室でのこと
気が付くと、地下室にいた。
戻って来た。
いつもと同じ状況。室内にはおれとご神体だけがあって、それ以外は天井の電球だけが存在を誇示している。
明るさすらも記憶と同じで、時間の経過をまるで感じない。肉体的な不調もなく、さっきまでのことが夢か何かだったようにも思える。けれど、間違いなく現実なのだ。
そう、現実なのだ。
「…とりあえず、先輩に謝らないと」
へまをして捕まった。
しかも、先輩がその状況を何とかしてくれた。
ああ、くそが。この時点で死にたくなってくれる。先輩の役に立たなければならないのに完全に足を引っ張った。
おれは、何度先輩に謝ればいいんだ。
自分の不甲斐なさが心底情けない。起こしてしまったものはしょうがないが、それにしたっておれ自身がどうしようもなさすぎる。
そう思っているのに、何故か足が動かない。
ここから出て階段を上って、先輩の部屋に行く。
それだけの行動が何故か出来ない。そこからが一番大事なはずなのに、その前の段階で動けなくなっている。
理由がわからない。
いや、うそだ。
聞きたいことが多すぎるんだ。
あいつが現れたこと、レオンと名乗った獣人のこと、あいつらの話していたこと、あの化け物のこと。
なにより、最後に見た先輩の姿は明らかに。
「おかえりなさい、カズ君」
はっとした。
先輩がいる。
地下室の入口で亜衣に付き添われて、車椅子からいつも通りの表情でおれを見上げていた。
応える言葉が出ない。
そんなおれを見る先輩の瞳が揺れた気がした。表情に変化はなかったが、雰囲気でそれとわかる。なにより自分が今先輩にどんな表情を向けているのか。自分が情けなさ過ぎて考えたくもなかった。
亜衣も黙ったままだ。項垂れる様に、視線を外している。
「私に聞きたいことがありますね?」
「…はい」
「どうぞ、なんでも聞いてください」
なんでも答えますから、と先輩は言葉を紡いだ。
先輩の言葉に嘘はない。
そもそも、彼女はおれに対して隠し事をしたことは一度だってないのだから。ただ、おれれが知ろうとしなかっただけ。
だから、今の状況にあるのもおれ自身に責任があるのだ。
こんなわけがわからない状況にあるのも。
「先輩、教えてください」
「なんなりと」
一拍間を置いて、一番聞きたいことを言った。
「先輩は女神なんですか?」
*
時が止まった。
そうとしか言いようがない。
先輩はいつも通り表情を変えないし、亜衣はなぜかもの凄い形相でおれを凝視している。かくいうおれも自分の言い回しに国語の勉強をし直しましょうと他人事のように思っていた。
いや、ほんとこういう時って何も言えなくなる。
自分の失言を自覚していても弁解しようがないというか、更に墓穴を掘るのが見えているからどうしても口を開けない。だって、先輩が綺麗なのは誰にも明らかっていうか天使とか女神みたいに神秘的だってのも普段から思ってたしこの場で聞くのもおかしいっていうかなんちゃらほんちゃら。
必死で言い訳染みたことを考えても状況は何も変わらない。せめて何か一言でも発しようと最近見た映画の話でもしようとした時、
「そうです。私はあなたの女神ですから」
思わず先輩を凝視した。
柔らかな笑み。普段の三割増しの笑顔に視線を逸らしそうになった。頬が熱い。あの空気も嫌だったが拾われたら拾われたで死ぬほど恥ずかしい。
先輩も同じようで笑みを浮かべながらも耳まで赤くなっている。
しゃべらなければ。
先輩の決死のフォローに応えようとして、
「聞きたいことがあるんじゃないの?」
亜衣の言葉で場の雰囲気が戻った。
視線が痛い。端で見ていたらよほどばかばかしいやりとりだったのだろう。先ほどの言葉も氷のように冷たかったし、普段とは違う能面のような表情も妙に迫力がある。
亜衣の言うことはもっともだったので、おれは一度咳払いをしてから言葉を続けた。
「すいません。聞きたいことが多すぎて変なことを言いました」
「いえ、事実ですから」
さらりと先輩が言う。
さすが強い。
だが、ここでひるんでは先ほどの二の舞である。なので率直に聞くことにした。
「あのでかい化け物はなんなんですか?」
「あれは世界そのものです」
やべえ。
初っ端からついていけない。ふざけているのかと思ったが、先輩は相変わらずの鉄面皮。傍らの亜衣も神妙な表情をしていて、茶化すような雰囲気じゃなかった。
「…あの、すいません。その、なんていうか」
「いえ、私の方こそすみません。これだけではわからないでしょうから、一から説明させていただきます。少しお時間をいただいても?」
「それは、はい」
「わかりました。では」
「この世界の成り立ちについて話をさせていただきます」
先輩はそう言って話し始めた。
いつもと変わらない淡々とした、それでいて簡潔な語り口。
けれどそれはあまりに荒唐無稽で、おれの脳味噌ではまるで判断がつかない内容だった。
曰く、星は竜の卵である。
この一言でおれは思考をやめ、先輩の言葉に必死で耳を傾けた。だって、そうだろう。いくらなんでも世界の事なんて、おれ如きが考えられることではないのだから。
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