第16話 凛子=サド

『カズ君、サポートします! 気を失っちゃだめ! あとでなんでも言うことを聞いてあげますから、絶対に気を失っちゃだめです!』


 視界が明滅する。


 痛みのあまり返事をする気力も湧かなかった。


 既に3回。


 胸と腕と首。


 貫かれた激痛と自分の命が徐々に失われていく感覚。喉は枯れ果て、全身から熱が消え失せた。あまりにも冷たすぎる。呼吸をしているのかもわからず、ただ時が過ぎることだけを考えていた。


 このまま時間が過ぎれば何もかもが終わる。


 そんなありえもしない期待を持っている自分自身を、否定することが出来ない。


「おいおい、もうお寝んねしちまったのかよ? 根性ねえなぁ、おい! 聞いてんのかよ、カズッ!」


 4度目。


 今度は右太ももを刺された。

 もう枯れ果てたと思っていた声が飛び出した。情けなさ過ぎる声に頬が熱くなる。けれどそれもすぐに消えた。

 どれだけ力を籠めようともびくともしない鎖の拘束。なにより、凛子以外の視線が辛い。鎧のおかげで表情を見られてはいないが、さっきの声も当然聴かれている筈だ。

 無抵抗で晒し者にされている事実が死ぬほどつらい。

 その事実が不思議なほど気力を奪っていく。


「おいおい、本当に寝ちまったのかよっ? まっさかなぁ、あんな情けねえ声を上げといて、このままですってのはねえんじゃねえの、おい! 男だろ、根性見せたらどうだッ?」


「…なんで、だよ」


「お?」


 知らず、声が出ていた。

 凛子の煽りに意味もなく反論したのだ。それを聞かれたために言葉を続けなくてはいけなくなった。

いや違う、そうじゃない。

聞き返した凛子の表情が死ぬほど腹が立ったんだ。


 こいつ、ぶち殺してやる。


「大人数で、囲んで、あげく鎖で縛りやがって。根性ねえのは、お前じゃねえのかよ。くそ女が」


「…なんだ、まだ折れてないじゃねえか」


 声のトーンが下がった。

 にやついた笑みは変わらないが、目に光が宿っている。思わず笑いそうになった。扱いやす過ぎる。怒りを秘めた視線に気づかないふりをして、おれは言葉を続けた。


「お前、本当におれのことが怖えんだな」


「…あん?」


「4回も刺したんだ。おれはもうふらふらだぜ? そのくせ、そんな遠くからちまちまちま。とっとぶち殺せばいいじゃねえか。なんだ、そんな根性もねえってか」


「…はは、元気はあるのはいいこった。けど無駄口ばっか叩くのは」


「つまらねえな。とっと殺れつってんだよ、お嬢ちゃん」


 凛子が右腕を振るった。

 全身に衝撃が走る。一度しか腕を振っていない筈なのに全身の至るところを貫かれたような痛みを感じた。

 けれど、不思議なことにはじめの時よりも痛みを感じない。

 いたぶられ過ぎて感覚が馬鹿になったかと思ったが、そうではないらしい。


『痛覚を10%カットしました。いいですか、カズ君。とにかく気を失わないで下さい。堪えていればチャンスは回ってきます』


 どうせなら全カットしてください。

 喉元まで出かかった言葉を飲み込む。先輩もいくらか冷静さを取り戻したらしい。声に落ち着きもあり、判断も的確だった。

 事実、おれはまだ生きている。

 痛みはあるが、何故か致命傷を負っていないのだ。刺されたはずなのに血が出ていない。このクソ女も言っていたじゃないか。用があるのはおれじゃなくてこの鎧だと。おれを殺すことが狙いじゃない。

 そこに隙ができるはずだ。


『鎖です。鎖を外せば、そこから強制的に連れ戻すことが出来ます。なんとしても鎖を外してください』


 四肢に力を籠める。無理だ。まるでびくともしない。

さっきから何度もやっているからわかってはいたが、自力での脱出は不可能。なら、やるべきことは決まっている。


「こんなのもう、慣れちまったよ。全然、痛くねえ…!」


「強がってんじゃねえよ、ばーか」


 眉間に衝撃。

 流石に一瞬意識が飛びかける。けれど、堪えた。


「ぬりぃなぁ、おい。ぶっ殺すつもりでこいつってんだろうがっ!」


「この野郎、下手に出てりゃいい気になりやがってッ!」


 かかった。

 視界はぼやけていたが、凛子がおれに向かって踏み出したのを見た。あとはこの拘束を口八丁でもなんでもいいから外させて、一刻も早くこの状況から抜け出せばいい。

 あともうひとふんばり。

 腹の底に力を込めて、凛子と向き合おうとして、

 

「そこまでだ」

 

 そんな野太い男の声が聞こえた。

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