第15話 フラグ回収
「聞こえ……かっ、カ……っ! 応え…くだ…いっ! お…い、……てっ!」
先輩の声が聞こえる。
でも、どうにも遠くて聞き取りづらい。そのうえ頭がぼんやりとしているせいか、返事をすることもできない。
まるで夢の中にいるかのよう。
現実味がなくて、頭もうまく働かない。
水の中みたいな浮遊感が全身を包み、指一本動かすのも億劫だった。
なにが起きた?
自答しても答えが出ない。たしか、おれは鎧に触れたんだ。先輩の合図があった。そこは覚えている。
そこからなにがあったんだっけ?
いつも通りに送られたのは覚えている。
おれよりも背が高い草が荒れ放題に生えていて、かき分けながら進んだ。水場が近いのか土が柔らかく、しかも一歩進むごとにひどくなっていった。
先輩のナビに従い進むこと十分ほどで目的地についた。巨大な塔。いつもいつも非現実的な光景を生み出すそれをがあった。
いや、違う。そうじゃない。
その時、なにかを見たような気が。
「起きて! カズ君っ!」
「ッ!」
一瞬で意識が覚醒した。
心地よい微睡みが掻き消え、全身がパニックを起こしている。荒れる呼吸、激しく脈打つ鼓動。立ち眩みにも似た衝撃にまた意識が遠のいた。
気持ち悪い。
けれど、それだけだ。
先輩の声が相変わらず響いていたが、返事はしない。なによりも現状を把握するのが先だ。そう、そうだ。確かに気を失う前におれは見たのだ。
天まで伸びる黒い塔。
それが、あまりにも無残に破壊されている光景を。
「あ、起きたな?」
ぎょっとする。
先輩とは別の女の声。
どこか粗野な響きがあるその声には聞き覚えがあった。というか、最近聞いたばかりのものだった。
「凛子…っ!」
「よう。ぐっすり眠れたか?」
相変わらずの男勝りな口調。ふてぶてしい笑みを浮かべながら、おれを堂々と見上げている。
…見上げている?
「なんだ、どうなってるっ?」
「暴れても無駄だぜ。そいつは丸腰じゃ絶対に千切れねえ」
じゃらりと金属が擦れる音が聞こえた。
いくら力を込めても四肢が動かない。見れば、手首と足首に鎖が巻き付けられていた。
いや、ていうか、どうなってんだこれ?
鎖は空間から突然現れていた。見えないとかそういう話じゃなく、空間に黒い孔が空いていてそこから飛び出しているのだ。
凛子がおれを見上げているのも、この鎖で空中にぶら下げられているからである。
『カズ君ッ! 起きたんですか! 返事をしなさい馬鹿ッ!』
「うぉ! 起きた、起きたから叫ばないでくださいっ!」
身動きの取れない状態での騒音爆撃。
鼓膜がきーんと鳴っている。いくら制止して、先輩はそれどころではないらしい。心配の声が罵声に変わり、支離滅裂で何を言われているのかもわからなくなっている。
それを宥めようとしたが、それどころではない状況だった。
「なんだよ、こいつら…」
眼下、視界に見えるのは凛子だけではなかった。
少なくとも十人以上。各々が各々の表情でおれを見つめている。それだけでも異常事態だったか、凛子以外の連中が問題だった。
人間じゃない。
少なくとも、おれが知る人間とは似ても似つかない姿をした連中だったのだ。むしろ人間というよりもゲームや画でよく見る姿形。現実では決して見ることのできない人間に近く、決して人間ではない存在。
亜人。
それも単独の種族ではない。
視界に映る一人一人が別の種族だったのだ。
彼らは各々装備を携え、その切先をおれに向けている。
「なんだって言われてもなぁ。みりゃわかんだろ? あたしの愉快な仲間たちさ」
からかうような凛子の言葉に、連中は表情を変えない。というよりも、おれをただただ凝視していた。
その視線が、妙に不気味だった。
まるでおれを汚物か何かを見るような視線。そのくせ、表情にはどこか怯えを感じている様にも見えた。おれの声も聞こえてはいたようだったし、その瞬間、確かに怯んだような表情を浮かべたのをおれは見逃さなかった。
なるほど、状況は大体把握できた。
ようは、絶体絶命ってことだ。
「…なんだよ。おれと戦いたがってたくせに、随分と大勢連れて来たんだな」
「別にタイマンとは言ってないはずだぜ? ほら、あたしはか弱い女子高生だろ? そんなご立派な鎧を持ち出されちゃ、助っ人だって呼びたくなるさ」
いけしゃあしゃあと凛子は言う。
どう考えても助っ人なんて必要ない。こうして拘束された上に何をされたのかもわからなかったんだ。気を失っていた時間を考えても、勝負はとっくについている。
おれにとどめを刺さなかったのは、なにかしら目的がある筈だ。
そう、例えばこの鎧とか。
「なんだよ、この鎧がそんなに怖いのか?」
「ああ、怖いね」
即答。
凛子はまっすぐ言った。一瞬冗談かと思ったが、そうじゃないと表情を見てわかった。ふざけた態度も全てはブラフだ。にやついた笑みを浮かべていても、彼女の目はおれの一挙手一投足を見逃さないようにしっかりと見据えている。
他の連中も同じだ。
なるほど、さきほど感じた違和感もあながち間違っていないらしい。
「けど、あたしにとっちゃあんたの方がよっぽど恐ろしいね。よくそんなもん着る気になるもんだ」
「どういう意味だ?」
「ん? どういう意味って…ああ、そっか。あの話マジだったのか! うわ、さすがに引くわ…」
何故かドン引きされた。
同情にも似た視線が不快で思わず睨み付ける。フルフェイスのため伝わらなかったはずだが、雰囲気を察したのか凛子は「ともかく」と仕切り直した。
「あたし達はその鎧に用があるんだ。悪いけど、しばらく付き合ってもらうぜ」
拒否権がある筈もない。
拘束された時点でおれに選択肢はないのだ。けれど問題が一つ。はっきり言ってしまえば、根本的な点で凛子は間違えている。
「おれはこの鎧のことは知らねえぞ」
「ああ、それなら大丈夫」
大丈夫?
言葉が噛み合っていないことに違和感を覚えた。訂正すべきかと思ったが、彼女の満面の笑みを見て、言葉を失った。
不吉な予感。
それがなんなのか理解する前に、凛子は無手のまま右腕を振るった。
「ぁ?」
熱い。
胸元に細長い何かが突き刺さった。呼吸は止まり、全身から冷や汗が噴き出した。突然の事態に肉体がパニックを起こしている。それを理解していても動悸は止まらず、呼吸を再開できない。
思考だけは妙に冷静なのに、それすらもすぐに手放してしまいそうな予感。
灼熱が激痛に変わる狭間。
おれは確かに見た。
「鎧に直接聞くからよ」
このクソサド女…っ!
これまでで一番の笑顔。
不可視のなにかを突き立てた凛子を見て、おれは絶叫した。
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