第14話  準備

 

 準備といっても、おれがすることは特にない。

 ただ誰もいない地下室に行き、そこに安置された鎧に触れるだけ。しかも、触れるのは先輩からの合図があってから。

 合図は、スマホに着信。

 それだけに注意していればいい。

「マジでなにもしてねえな、おれ」

 呟いても返事はない。

 この部屋にはおれしかいないのだから当たり前だ。先輩のいる部屋と同じくらい薄暗い室内。違いはこちらの方が更に殺風景な点だろう。

 先輩のいた部屋には申し訳程度の本棚と机と椅子は置いてあった。けれどこの部屋には家具の類は一切ない。窓すらもなく、天井に着いた豆電球が唯一の照明だった。

 じじじ、と音を立てるそれは何時消えるのかも分からない。

 無意味に独り言をつぶやいたのもこの不気味さに堪えられなくなったからだ。

 いや、違うか。

 もっと別の要因があった。

「ほんと、どうなってんのかね」

 部屋の奥に視線を向ける。

 そこに、それはあった。


 でかい岩の塊。

 

 第一印象はそれだけで、今もってその印象は変わらない。豆電球に照らされた白い岩肌にはしめ縄がまかれ、所々に苔まで生えている。

 鎧というよりも神体と言った方が正しい。

 けれど、これは間違いなく鎧なのだ。おれを他の惑星まで運び、守ってくれる。

 これまでの経験から、その点に疑いは持っていない。前回は比較的安全な場所での仕事だったが、二度目の時はひどかった。

 まさか溶岩の中を泳ぐことになるとは思わなかった。そんなありえない環境下でも、なんの問題もなく帰ってこれたのはこの鎧のおかげである。

 不思議なのは、身に纏うと現在の形状とはまったく異なる形状になることだ。一度目の時に近くにえらく透明度の高い湖があり、自分の姿を確認したことがある。

 黒い流線形の装甲を纏ったロボット。あるいは映画で見たアメコミヒーローのような外見だった。

 ただ武装自体はないようだった。

 先輩に聞いても「そんな機能が必要ですか?」とはぐらかされた。自分でミサイルでも出ろと念じたが、何も起きなかった。

 正しい意味で、鎧でしかないのだろう。

 装着車の身を守るものなのだ。まぁ、その点に疑いを持つ必要がないのだから何の問題もない。

「おっと」

 ぶるる、と振動を感じた。

 合図だ。

 深呼吸を一つ。

 無駄な思考を排除し、心の準備をする。

 やるべきことは決まっているし、今回はあいつらとかち合うこともない。普段通りにすれば恙無く全て終わるのだ。

 先輩の小言を聞き、亜衣の飯を食って帰る。

 先のことは後で考えよう。


 そうと決めて、おれは鎧に触れた。

 

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