第13話 フラグ

「それはないです。まだ、彼女達と私達は管轄が違いますから」

 かたかたとキーボードを叩きながら、先輩はどうでもよさそうに言う。

 電灯もついていないのに室内は明るい。淡い光を放つ無数のウインドウが所せましと浮かび、彼女の銀髪が淡い光を弾いている。

 ウインドウに浮かぶ数値や記号、文字、グラフ。その全てがおれには理解できない。けれど先輩には全てわかっているようで、彼女の打鍵の音でウインドウが変化し、消失していく。

「まだ、ですか」

「ええ、まだです」

 その言葉に不安感よりも安心感が増した。

 先輩は嘘をつかない。ついても意味がないと思っているからだ。何事にも率直な意見を言うし、こちらが正しいと思えばいくら嫌いな相手でも矛を収める。

 その先輩が言うのだから間違いないだろう。

 今回はあいつらと戦うことがないのだ。

 今回は。

「けれど、近いうちに重なる可能性はあります。その時は万全の準備をして臨まなければならないでしょう」

「近いうちって、いつですか?」

「さぁ、それは私にもわかりません。なんですか、そんなに気になるんですか?」

 じろり、と睨まれる。

 普段ならばそれで話は終わりだ。けれど、今日はその視線に負けるつもりはなかった。

「先輩は気にならないんですか?」

「…それは」

「先輩だって、あいつと殺し合うのは嫌なんじゃないですか?」

「嫌で済むなら貴方に頼ったりはしません。そもそも、私達個人の思いが及ぶ話ではないのですから」

 どうにもなりません、と先輩は普段と変わらない声音で言う。

 先輩の横顔も雰囲気も何もかもが普段と同じだった。別に先輩に同意してほしくて言ったわけじゃない。これからもし、カンナたちと直接対峙した場合におれがとるべき態度の指針として聞いたのだ。

 先輩は普段と変わらない態度をしている。

 それが強がりなのか、割り切っているのかまではわからない。けれどそれを知れただけでも十分だ。

 彼女が迷わないならば、おれが迷う理由はない。

 おれも普段と変わらない態度でカンナや凛子に立ち向かえばいいのだ。

 恐れず、躊躇わず。

 それだけを、おれは今決めた。

「カズ君。一つ、訂正があります」

「はい?」

「貴方は殺し合うと言いましたが、実際にそんな血なまぐさいことにはなりませんよ。非効率じゃないですか、そういうの。それに、彼女らに私達は殺せません。借金を返せなくなるんですから」

「…ん? え、それってどうゆう意味」

「いいですか」

 ため息混じりに先輩は言葉を続けた。

「私達は掘り起こして稼ぎますが、彼女らはそれを防ぐことで稼ぐんです。だったら、彼女達にとって私達は飯のタネになるわけです。それをむざむざ殺しますか?」

「…あっ!」

「カズ君の素直なところ、私は大好きです。けれど、誰かが言ったことを鵜呑みにするのはいただけませんね。初対面で盛った話をする人ってよくいますから」

 話はこれで終わりです、と先輩は締めた。

 打鍵の音が更に早くなり、空中に浮かぶウインドウの変化も早すぎて目で追えなくなってきた。

 既におれのことは眼中にないのだろう。おれはおれで自分の準備に取り掛かれ、ということなのだろう。

 暗室から出て、伸びを一つ。

 思わず笑ってしまいそうになる。

 ここ数日の悩みが一瞬で吹き飛んでしまった。はじめから聞けばよかったんだ。

 自分の頭の悪さと察しの悪さに呆れつつ、先輩に感謝した。

 

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