第12話

 いきなりの死刑宣告。


 玄関を開けて聞いた第一声に、おれは思わず動きを止めた。見れば、カンナが来訪者と対峙していた。


 カンナはおれを一瞥だけして、また視線を前に向ける。


 来訪者はおれに気付くと、何故か一瞬だけ怯んだような表情を見せたが、すぐに険しい視線を向けてくる。


「…カズマ、なんでこいつがここにいるのっ?」


 来訪者――星野亜衣は威圧ようにおれを睨みつけてくる。


 怒り心頭の様子に思わずそのまま家に戻りたくなった。なにより、亜衣がビニール袋を手にしているのがつらい。薄っすらと食材が見えているのも更に状況が悪化している要因だった。


「さっきも言ったでしょ。夕飯を作りに来たのよ。もう食べちゃったけど」


「あんたには聞いてないっ!」


 カンナが呆れたように言い、亜衣は反発するように叫んだ。亜衣は熱くなると止まらなくなる。このままだと場外乱闘でも始めかねなかった。


 カンナもそのことを良く知っている。


 だからこそ、亜衣を興奮させないように冷静に話をしているが、いい加減限界だと見切ったらしい。一度ため息を吐いて、そのままおれを押しのけて玄関へと向かって行く。


「どこ行くのよ! まだ話は終わってな」


「帰るのよ。詳しい事情はこいつに聞けばいいでしょ」


 そうとだけ言ってカンナは家の中に入っていった。


 取り残される亜衣とおれ。


 亜衣は無言でおれを睨みつけている。おれはおれで何を言えばいいのかわからず、目を逸らすしかなかった。


「それじゃ」


 ものの数分でカンナは鞄を持って出て来た。

そのまま俺の存在を無視して出ていく。去り際に亜衣の耳もとで何かをしゃべったが、おれには聞き取れなかった。


 カンナの姿が消え、重い沈黙だけが残った。


 いや、マジでどーするよ?


 ちらりと亜衣を見ると何故か顔を俯かせている。先ほどまであった怒気が消え、ただただ暗く沈んでいる。さすがにこんな状態の彼女を無視するわけにも行かず、とりあえず内に言えることにした。


「あー、とりあえず入れよ」


 反応なし。


 他に何か言おうかと考えていると、亜衣もおれを押しのけるように玄関へと向かって行った。


 それをぽかんと眺めてから、ため息を吐く。


 これじゃ安い昼ドラみたいな展開だ。


 笑えないのはそれが的を得ているからか。


 もちろん、おれはあいつらのどっちとも恋愛関係じゃない。それよりもっと面倒くさくて、断ち切りづらい関係だ。


 居間に戻ると亜衣がソファに座っていた。横には食材の詰まったビニール袋が置かれている。


 亜衣は相変わらず顔を俯かせていて表情を隠しているようにも見えた。


「カレー食うか?」


 言ってから失敗したかと後悔した。


 けれど、彼女は首を縦に振る。


 無視されなかったことと意外な展開に若干驚いた。と、同時に納得もした。


「お前も、カンナのカレー好きだったもんな」


 無言。


 台所に向かい、コンロに火を点ける。中火で煮込みつつ、焦げないようにゆっくりと混ぜた。


 台所に立つのは中学の頃以来かもしれない。


 あの頃は両親の帰りが遅く、自分で夕飯を作っていた。今はたまにしか遅くならないので、そうそうないのだが。


 その時に、おれはカンナから包丁の使い方を習ったのだ。


「おまたせ」


 テーブルにサラダと大盛のカレーを並べる。


 亜衣は無言で席に着くと、そのままカレーをかき込んだ。あまりの潔い食いっぷりに若干引く。けれど、亜衣はおれの視線など気にせずに二杯目を要求してきた。


 相変わらずの健啖ぶりである。


 頬を膨らませ、涙目で要求されれば断ることもできない。


 三杯目を平らげ、ようやく亜衣は普段の態度に戻ったようだった。どこか気まずげに視線をそらしている。


「…ごめんなさい」


「気にすんなよ」


 亜衣の代わりに食器を片付ける。


 自分の分も次いでに洗い、居間に戻った。


 亜衣はテレビを点けてリラックスモードに入っている。


「ねえ」


「うん?」


「なんでカンナさんが来たの?」


 もう一度、亜衣の表情を見た。


 悪意は感じない。ただ疑問を言っているだけだ、と判断する。その事実に対して納得してもいないのだろうと想像がついた。


「夕飯を作りに来てくれたんだってよ。母さんが頼んだらしい」


「本当なんだ。…そっか、気を遣わせちゃったんだ」


「ん? どういうことだ?」


「あたしもおばさんから頼まれたの。今日帰りが遅くなるからあんたの相手をしてほしいって」


「え? いや、ちょっと待てよ。なんでお前まで」


「あたし達が仲悪くなったって思ったんじゃない? 最近、顔出してなかったし。仲直りしろってことだったのかも」


 思わず天を仰いだ。


 いくら何でもお節介が過ぎる。


 と同時に、あの母親ならやりかねないと納得もした。


「余計なことしやがって」


「おばさんは私たちのこと気にしてくれてるんだね」


「当たり前だ。おれなんかよりずっとお前らのこと可愛いと思ってるよ」


 事実、先輩の事件が起きた時に真っ先におれを叱ったのは母だった。


 ぼこぼこにされ、勘当すら言い渡されたのだ。先輩のとりなしがなければ、今頃おれはホームレスにでもなっていた筈である。


 だから、最近彼女達が顔を見せないことを残念がっていた。


 夕飯時には息子の顔より娘の顔が見たいなどと延々と言われ続けている。おれが二階にいる理由も少なからずそれが原因である。


「ま、だからじゃないけど、たまには顔出せよ。おればっかお前んちに行ってる母ちゃん拗ねるし」


「ふふ、本当、あの人は敵わないなぁ。また来るわよ。でも、今度は私が夕飯作るから」


「はいよ、楽しみにしている」


 そのまま帰るのかと思ったが、何故か亜衣はソファに横になった。


 おれに視線を向けたまま、無言になる。


 いや、なんだこの状況。


「泊ってっていい?」


「いや、帰れよ」


 明日学校だろうが。


 俺の反論に亜衣は不満げに頬を膨らませたが、そのまま起き上がり、身支度を整えた。ビニール袋の中身を冷蔵庫に閉まっておくように指示を残し、そのまま帰宅する。


 季節は夏。


 暗い夜道だったが、それほど遠くはない。見送りも必要ないだろう。


「それじゃ、また明日」


「おう、じゃあな」


 亜衣の姿が見なくなるまで見送って、ようやく一息ついた。

 こんな面倒くさいことをしてくれた母親に一言言ってやらねばなるまい。義憤にかられながら、部屋に戻る。

 あえて電気を付けず、カーテンを開けると夜空に満月が浮かんでいた。

 

 ――このままだと、カズマは死ぬわよ。


 思わずため息を吐いた。

 幼馴染。

 それがどうして生き死にの話をする関係になってしまったのだろうか。

 次の土曜。

 もしかすれば、カンナと対峙することになるかもしれない。

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