第10話 星野真衣は嘘をついている
前段も前口上も前振りもなく、カンナはど直球で切り込んできた。
僅かに緩んでいた空気が一瞬で引き締まる。
けれど、ようやく腑に落ちた。
彼女はそれを聞くために、今日ここにやって来たのだ。
「わかってる。けどおれのせいで先輩は困ってるんだ。なら、やるしかないだろ」
「やめてよ、気持ち悪い。そんな気障で自己犠牲気取りのナルシス入った気持ち悪いセリフは聞きたくもないわ。ああ、いや、あんたは存在自体が気持ち悪かったわね」
「そこまで言うかっ?」
真顔でばっさりと断ち切られる。
思わず声を荒げたがカンナはまるで動揺していない。というよりも、明らかに軽蔑するような目でおれを見ている。先ほどまでの態度がまるで遠い過去の出来事のようだ。
ため息を吐く。
相変わらずカンナが何を考えてるのかわからない。
猫のように気まぐれで、そのくせ老犬よりも遙かに頑固者。
一度嫌った相手は決して許さない。
それがたとえ物心がついたころから付き合いがある幼馴染であろうと例外じゃない。急速に悪化した機嫌と親の仇のような視線が、カンナの俺に対する気持ちを明確に表している。
「なに? 文句があるならはっきり言えばいいじゃない」
そんなことを言われてはっきり言う馬鹿はいない。
曖昧な笑みでも浮かべて誤魔化せればいいのだが、おれの誤魔化しがヘタ過ぎてカンナには通じないのだ。いや、今まで他の誰にも通じたことがないことを思い出す。
結局、おれは馬鹿正直にぶつかっていくしかないのだ。
「別に、お前に文句はないよ」
「お前?」
「カ・ン・ナ! に文句はないよッ!」
「様を付けなさいよ」
「お前今日どうした? 完全に喧嘩売ってんだろ?」
「別に」
カンナはそっぽを向いて、カレーを食べ始めた。
もう面倒になって来たので、おれもカレーを食べる。あれだけ美味かったカレーがまるで味がしない。それは冷えたことが理由では、当然ない。
「話を戻すけれど」
「まだ続けるのかよ」
「貴方は自分が何をしているのかわかっているのかしら」
同じ質問に、流石に違和感を覚えた。
繰り返す意味がわからない。てっきりこいつは宣戦布告か忠告でもしに来たのだと図り思っていたが、どうにも趣旨が違っているように感じた。
おれが深読みし過ぎたのかもしれない。
彼女は文字通り、おれが何をしているのか理解しているのかを聞いているだけなのではないか。
「何をしてるって言われても。お前だってわかってるだろ。おれは他の星に行って」
「他の星?」
「ん?」
「え?」
愕然とした表情。
何故か、カンナは信じられないものを見たような表情でおれを見た。
「ちょっと待ちなさい。貴方、あそこがなんなのかわかってないの?」
「いや、何って。他の星だろ? おれはあの鎧を着て、ワープか何か、まぁよくわかんない方法で送られるわけだ。んで、よくわかんない機械を使って、よくわかんないのを吸い上げる」
あれ、言っててわけがわからなくなってきた。
いくら何でもおれ、なにもわかっていなさすぎじゃないか?
カンナも同じように考えているのか、頭を抱えている。
「そう、貴方は何もわかってないのね。じゃあ、その鎧がなんなのかもわかってないわけだ。どうして貴方がその鎧を着ることが出来るのかも、着なければならなくなったのかも」
「それは、先輩が着れなくなったからで」
「着れなくなった? あの女がそう言ったの?」
「いや、先輩が言ったわけじゃ」
「ふざけてるわね、あの女」
なんだ?
カンナの声に明らかな怒気を感じ取る。
けれど、それはおれに向けられたものではなくてここにはいない先輩に向かっている。
その理由がまるわからず困惑するおれを無視し、カンナは席を立った。
「ごちそうさま」
「おい、話は」
「片付けたら続きを話すわ。あと、少し一人にさせて。貴方の分はそこに置いておいていいから」
ぴしゃりと言い放って、カンナは台所へ向かった。声を掛けようかとも思ったが、カンナからは拒絶のオーラが放たれていたため、諦めた。
夕飯を平らげ、部屋に戻ることにする。
ごちそうさま、とだけ言って二階への階段へ向かう。食器は彼女に従ってそのままにしておくことにした。
「ちょっと」
居間から出ようとした時、カンナがまた声をかけてきた。何かあったのかと振り返ると、
「星野真衣は嘘をついている。それだけは頭に入れておいて」
そんなよくわからないことを言った。
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