第9話 カンナ

 玄関の扉を開けると、学生鞄と何故か大きな買い物袋を持ったカンナがいた。突然の訪問に対する驚きと制服とのアンバランスさに何を言えばいいのかわからなくなった。

 カンナはカンナで無言のまま、おれを見つめている。

「ちょっと」

「え?」

「…重いんだけど」

 ため息交じりにカンナは言う。

 がさりと音を立てた買い物袋を突き出され、思わず受け取った。カンナはそれきりおれに目もくれず、ずかずかと家の中に入っていく。

 なにがなんだかわからない。ずしりとした重さの買い物袋の中身を見れば、野菜と牛肉や調味料が詰まっていた。

「いや、ちょっと待ってて! 急に何しに来たんだよ!」

 慌てて居間に向かうとカンナは既に台所に立っていた。鞄から取り出したのかピンクのエプロンを付けて手を洗っている。

「晩御飯作りに来たの」

「はぁっ?」

「あんたのお母さんに頼まれたのよ。…何よ、別に初めてじゃないんだから驚くことないじゃない」

 確かに、カンナがおれの家に来て飯を作るのは初めてじゃない。というか、むしろ頻繁にあったと言って良い。

 けれど、それは以前まであったと言うだけの話だ。

 あの事故以降、彼女はおれの家に来るどころか、おれとの接触だって拒んでいた筈である。ついこの間だって、決して友好的な関係ではなかったはずだ。

 なのに、何故今更やって来たのか。

「突っ立ってないで手伝いなさい。夕飯、食べたくないの?」

「お、おう。わかったよ」

 思わず返事をした。

 買い物袋を手渡すと手際よく食材を仕分けしていく。にんじんとじゃがいもとピーラー、ボールを手渡された。

 どうやら晩飯はカレーらしい。

「お、ご飯ちゃんと炊いてるじゃない」

 炊飯器の液晶を見てカンナが笑みを浮かべる。

 久しぶりに見たカンナの笑みに目を奪われたが、それが炊飯器に向けられている事実に何とも言えない気持ちになる。

 それ以降は会話もなく、黙々と料理を進めていく。

 ぐうぐつ煮立つカレーの香り。

 レタスとトマトのサラダを大皿に盛り付け、テーブルへと持っていく。カンナが二人分のカレーと水の入ったコップを持ってきて、夕飯は完成した。

 時刻は6時を過ぎている。

「「いただきます」」

 ごろごろと大きな具材が食欲をそそる。

 なにより手伝ったという事実が普段よりも美味さを引き立たせている気がする。気が付くと一杯目を平らげていた。

 席を立ち、二杯目を盛る。

「相変わらず、カレー好きなんだ」

「お、おお! 大好きだぜ! お前が作るカレー、めっちゃ美味いからな!」

「そ、ありがとう」

 流石にあざと過ぎたのか、反応が淡泊だ。

 けれど満更でもないようで、カンナの機嫌は若干だが良くなったようにも見える。どこか緊張感ある雰囲気が少し和らいだ気がした。

 おれ自身、肩の力が抜けた。今なら、彼女と自然体で話せるような気がした。

「今日はありがとうな」

「どういたしまして。なによ、随分しおらしいこと言うのね」

「いや、まぁ、流石に夕飯まで世話になればな。それに、最近はあんまりしゃべってもなかったし」

「…そうね。最近は私も忙しかったし、こうやって貴方と話すのは本当に久しぶりね」

「ああ、本当にな」

 忙しかった、というのは本当だろう。

 事実、ここ数か月の間、彼女は頻繁に学校を休んでいた。おれにサボるなと言っていたくせに、カンナはおれ以上に学校に顔を出していない。

 家庭の事情だというのは聴いていた。

 けれど、それがまさかおれと同じ理由だったとは思わなかったが。

「ねぇ、カズマ」

「ん?」

「教えてほしんだけれど」

 

「貴方は自分が何をやっているのかわかっているのかしら?」

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