第6話 なんか空気悪くない? 二

「へぇ。あんたまだあそこに行ってたんだ、そうなんだ」

 

 何気ない言葉なのにどうしてか背筋が寒くなる。

 笑顔を浮かべたまま言いしれない重圧を放ってくる亜衣から目を背け、ひたすら箸を動かすことに専念した。


 今日は特にすることがない、と先輩から追い出されたのだ。

 そもそも来る予定ではなかったから当然の話なんだが、碌に話す間もなく部屋を追い出されるとは思わなかった。


 まぁ、それでも飯を出してくれるんだけれど。 

 ほんと、この家は自分ん家の数百倍優しい。


「はい、ピーマン」


「ちょ、お前、おれが食えないの知ってんだろっ?」


「は? なに、あたしの料理にケチつけんの?」


 こわっ。

 真顔で睨まれ、反論できなくなる。ああ、そうだった。最近はなりを潜めていたが、料理ができるからっておしとやかでも何でもないのだ。

 ばりばりのヤンキー気質。

 つい数か月前まで下僕扱いを受けていた記憶が蘇る…っ!


「い、いやいや。料理は美味いよ、本当だよ。けどさ、生まれつき食べれないものがあるっつーか」


「そんなもんはない」


「はい」


 苦い。

 口内に充満するそれが胃袋の中身の全てをぶちまけさせようと誘惑しているが、堪えるしかない。普段、いや昨日までならいざ知らす、今ぶちまけたら間違いなく状況が悪化するのは間違いない。具体的には吐き出した物を飲み込ませられるはずだ。

 その程度のことは造作もなくやった女だった。


「で?」


「いや、でって言われても」


「あの女はなんて言ってたの? 今更自分達のとこに来いなんて言わなかったわよね?」


「そういうことは言われなかったけど。なんだ、お前も知ってたのか」


「お前?」


「亜衣さんも知ってたんですね!」


 マジ怖えっ。

 眼がまるで笑ってねえ。なんでここまでキレてんのか理解できないが、上手く乗り切らないとなにされるかわからない。

 必死で何をすべきか考える。

 何故か彼女は彼女で黙っておれを見つめている。


「あーその、なんだ」


「なに?」


「あーっと」


「なに?」


 どーする、おれ。

 何を言っても同じ言葉しか返ってこない。しかも一言返して来る度に眼光が鋭さを増して、重圧が増していく。

 あれ、なんかおれ追い詰められてないか?

 どうやら予感は当たっていたらしい。ついに彼女は無言になってこちらをじいっと見つめて来た。もちろん重圧は増すばかり。

 必死で考えた末、言葉を絞り出した。


「おれはお前らを裏切るつもりはないよ」


「そう、ならよし」


 あっさりと重圧は消えた。

 椅子の背凭れに体重を預ける。疲労感がどっと襲ってきた。冷たい汗がシャツに染み込んで気持ち悪い。

 うんざりした気分でため息を吐く。


「なんだよ、そんなこと気にしてたのかよ…」


「当然でしょ。私達はあんただけが頼りなんだから」


 亜衣は当たり前のことのように言う。

 ああ、実際当たり前のことだった。

 亜衣にはあの鎧を身に着けることはできない。センパイは言うに及ばず。おれだけがあの鎧を身に着けることができるのだ。


 センパイが他の誰かに頼むつもりはないだろうし。

 おれ自身が他の誰かに譲るつもりはない。

 自分がしでかしたことの責任は自分で果たす。

 それだけは絶対に曲げるつもりはなかった。

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