第7話 星宮凛子

「そもそもの話は、あたしらの遠い遠いご先祖様の代に遡る。まだ神様がいた頃の話。あたしらのご先祖様は神様に仕えていた。仕えてたって言っても、飯を作ったり、住居の掃除をしたり、まぁ、今でいう使用人みたいなことをしてたんだと。んで、面倒を見るうちに神様の奇跡ってのをある程度知ることになったわけなんだけど。そいつがまずかった。あたしらの先祖は神様に黙ってその奇跡を使っちまったんだ」


 雨を降らせ、雷を生み、未来を詠む。

 いずれも人の身には不可能なことであり、だからこそ彼らは神に近い権力を手にしたのだと彼女は言う。

 けれども、それはすぐに覆ることになる。


「そりゃ勝手にパクられたら怒るだろ? 二度とそういうことが出来ないようにされた上に、末代まで祟られちまうんだからよっぽど腹が立ったんだろうな」


「祟り?」


「あー、どっちかっていうと罰かな? 生贄を捧げるってのが定番だけど、あたしらの神様はもっとちゃっかりしてたんだよな。なにせ、金を稼げって言うんだから。まぁ、末代まで掛かっても返しきれるわけがない借金を背負わせるってんだから、祟りっていっちまってもいいと思うけどさ」


 そうして、彼女らの一族は永遠の労働を強いられた。

 何世紀も渡って続く返済は今もってなお完済の目途すら立たず、こうして無関係の人間までも返し続けるはめになった。


 ああ、くそが。本当に嫌になる。

 なにが無関係なものか、自業自得のくせしやがってまた他人行儀に考えてやがる。


「まぁ、これはあたしがばあちゃんから聞いた話だけどな。他の連中がどんな話を聞いてるかまではわかんねえけど、大体同じはずだ。結果は変わんねえわけだし」


 凛子はそう言って、おれが買った焼きそばパンの袋を開ける。

 市販のそれとは違う、近所のパン屋直送の学食限定ドデカ焼きそばパン。シンプルながら決して名前負けしないボリュームと濃い味付けが人気(運動部限定)のベストセラー。クラスの女子が食ってたら二度見必死のハイカロリーを、凛子は美味そうにかぶりつく。


「ひはひ、にゃんだってあひゃひにきくんだお?」


「何言ってるかわかんねえ」


「んぐ…だから、なんであたしに聞くんだよ? あんたんとこの、なんだっけ? 聞けばいいじゃん」


「色々あってな。詳しく教えてくんねーんだよ」


「あっそ。ま、美味かったからなんでもいいけどさ」


 おれの三日分の小遣いをあっという間に平らげ、凛子は弁当箱を取り出した。でかい。特大のタッパーを三つ重ねたそれは、およそ弁当と言うにはあまりに大雑把過ぎた。一つ目に白米を無理無理詰め込み、二つ目には焼いた肉とレタスが溢れんばかり。三つ目には様々な果物が無造作に詰め込まれている。


 まるでボディビルダーかなにかの飯を見ている気分だ。

 図太い箸を使って心底うまそうに食う姿までもが男前すぎて、おれは自分の弁当を出すのをやめた。

 今は昼休み。

 おれたちは屋上にいる。


 周囲には誰もいない。当たり前だ。普段は鍵が掛かっていて、昼休みだろうとなんだろうと立ち入り禁止である。そんな場所におれ達がいるのは理由がある。

 何故か転校生であるはずの凛子がこの場所を提案し、何故か普段は掛かっている筈の鍵が壊れていたからである。


「しっかしよぅ、なんつーか、ふっつーだよなぁ」


「なにが?」


「ふっつーの学生しかいねーってかさ。皆いいやつすぎて肩凝っちまうよ。もっとこう気合入った奴とかいねーのかね。調子こいてんじゃねーとか言って絡んでくる奴とかさ」


「お前はヤンキー漫画の主人公か」


「それくらい期待したっていーじゃん。折角転校したんだしさ」


 どこか拗ねるように凛子は言う。


 冗談で言ってるのかと思ったが本気だったらしい。がつがつとビルダー飯を平らげる凛子を見ながら、おれは何故か感心してしまった。

 いや、自分でも何に感心したのかわからなかったが。


「じゃあ、前にいた学校はどうだったんだよ。番長とかいたのか?」


「いた。いたけどダッセエ奴でさ、金持ちのボンボンだったんだよ。くだらねえ真似ばっかしてっから絞めてやったんだけど、そのせいで転校させられちまった」


「…ああ、そう」


 言ってることが嘘なのかマジなのかがわからず反応に困る。凛子は凛子で平然としているから、全てマジなんだろうと思うことにした。


「で、話を戻すけどさ。さっきのを聞くためだけで飯に誘ったのかよ? あたしら、一応敵同士なんだけど」


 敵、という言葉にドキリとする。

 日常生活ではあまり使わない言葉だし、おれは特定の誰かに対して使ったことがない言葉だったからだ。スポーツのそれとは違う響きに驚いたのだ。

 だから、真剣な表情でこちらを見つめる凛子になんと答えていいのか迷ってしまった。


「本当にそれだけだったんだ。正直、敵って言われても実感わかないし。同業者だからライバルっていうのは間違いないんだろうけど」


「驚いた、本当に何にも知らないんだな」


「え?」


「同業者っていってもカズとあたしらは全然違うぜ? あたしらは守る方、そっちは奪う方だ」


 奪う方。

 あの光景を思い出す。

 巨大な機械、吹き上がる無色透明ななにか。

 なるほど、おれたちは確かに奪う方だ。守る方ということは、凛子達の仕事はあの機械を破壊してあの何か奪われることを防ぐことなのだろう。


「だから、敵同士か」


「そ。まぁ、なんだかんだ御託を言ってもやることは同じさ」


 ぞわり、と背筋に怖気が走る。

 あの時と同じだ。

 凛子の視線がまとわりつくようにおれを捉えている。浮かぶ笑みは、柔らかで、そのくせ艶かしさも感じさせた。


「あんたの鎧が勝つか、あたしの刀が勝つか。それだけだ」


 楽し気に。

 凛子は本当に楽しそうに馬鹿みたいなことを言う。

 だからこそ恐ろしい。彼女の言葉には一片たりとも偽りがないのだ。

 悪寒は増すばかりで、おれは彼女から視線を外せなくなった。

 と。

 

 りんごんがんごんと。

 スピーカーからノイズ混じりの鐘の音が響いた。

 

「やべ、昼休み終わりじゃん! またな、カズ!」


 凛子はおれから視線を外すと弁当を掻き込んだ。空になるタッパー。見事なまでの早業に目が点になる。そのまま扉に向かって猛ダッシュ。凛子の姿はあっという間に屋上から消えた。

 全て一瞬の出来事である。

 全身を伝う冷や汗はそのままに、おれはただ茫然としていた。

 しばらく扉を見つめていたが、彼女の姿は当然ながら一向に現れない。


「いやー、まいった。人間じゃねえよ、あれ」


 全身から力を抜く。

 そのまま仰向けに倒れ、空を見上げた。

 気力がまったくわかない。あの重圧はあまりに毒すぎる。幸いなのは、晴天だったことだ。流れる雲と心地よい日差しに今更ながら気づいた。

 ぼんやりと見つめ、午後の授業をサボることを決める。


「あー、死にてえな。くそ」

 

 嘘だ、死ぬことはできない。

 だから、生き延びるためにすべきことをするのだ。

 おれは、今日も先輩に会いに行くことにした。

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