第3話 出会い

「おう、カズ」


 早朝。


 寝起きのうすらぼんやりとした頭のまま通学路をのんべんだらりと歩いているとぶっきらぼうに声を掛けられた。


 見慣れた顔がいくつか並んでいる。


 声をかけて来たのはヒロシ。他にミキオとシュン、ヨウイチの奴までいる。


 相変わらず辛気臭い表情をした奴らばかりで肩の力が抜ける。近づくと空気まで重くなってきて、そのまま素通りしていやろうかと思ったほどだ。


 けれど、挨拶をされたら返さなければならない。


「よう。辛気臭い顔してどうした?」


「どうしたじゃねえだろ。ライン、無視しやがって」


「あ?」


 ライン?

 携帯の液晶を見れば右上に5と描かれたアイコンがあった。触れると間の抜けた音の後に、いくつかのメッセージが表示された。いずれも目の前にいる連中からのもので、昨晩に送られたものだとわかった。


「っと、悪い。気付かなかった」


「別にいいけどよ。昨日も行ったのか、あの人のところ」


「ああ」


「…そうか」


「なんだよ」


「いや、なんだ、その」


 無駄にでかい図体をしながら、相変わらず優柔不断な奴だ。言葉遣いもぶっきらぼうなのに妙な女々しさがある。

 言いよどむヒロシを見かねたのか、代わりとばかりにミキオが言った。


「いつまで部活休むつもりかって聞きに来たんだよ」


「おい! そういう言い方は」


「お前が聞かねえからだろ。めんどくせえな」


 ミキオが睨むとヒロシは黙った。


 一月ぶりに見たやり取りになぜか安心する。と、同時にそれだけの期間部活に顔を出していなかったことを今更ながら思い出した。


 事情はこいつらにも説明した。


 だからといって一月の間も顔を出さなければ心配するのは当然か。


「みんな心配してるよ。カズがいないと試合にならないってさ」


「おれ、万年ベンチなんだけど」


「何言ってんですか。カズさんがいなきゃ誰が飲み物用意すると思ってんすか? 俺っすよ? スタメンなのになんで俺がやんなきゃなんないんすか」


「おめえはスポ小からやり直せ」


 シュンの心遣いに感謝しつつ、ヨウイチの阿呆は一発ぶん殴った。


 いつもの面子と一月ぶりのやりとり。


 ブランクがあっても変わらないものは変わらない。場の雰囲気もいつも通り過ぎて、気が抜けてしまいそうだった。


 が、それも長くは続かない。


 一月前と同じということは、


「なぁ、カズ。俺達にもできることはないのか?」


 結局、その話が中心となるのだから。


 場の雰囲気が一気に重くなる。


 ヒロシが真剣な表情でおれを見つめ、ミキオは呆れたようにため息を吐いている。ヒロシの言葉が間違っているわけでも、ミキオの態度に問題があるわけでもない。


 シュンとヨウイチは静かにおれを見つめていたが、どこか不安そうにしている。

 おれは一瞬考える振りをしようかと思ったが、面倒くさいので正直にいうことにした。


「なにもねえよ。お前らには関係ないからな」


「関係なくねえッ!」

 

「おれらの悪ふざけのせいであの人は歩けなくなったんだぞ! それをお前一人で背負うなんて間違ってんだろうがッ!」

 

 ヒロシの声はよく響く。


 おれ達の他にも学校へ向かう連中や大人達の視線が集まるのがわかった。そして、前者の視線の質が変わるのも。


 ああ、こりゃだめだ。


「馬鹿野郎! 声デカ過ぎんだよ、お前は!」


 ミキオがヒロシよりなおでかい声で怒鳴った。


 そのままヒロシの制服の襟元を掴んで学校へと向かって行く。シュンもヨウイチも後を付いて行く。


 おれはそれを黙って見送った。


「はぁっ? おい、カズ! 早く来いよ!」


 ミキオの怒鳴り声がまた響く。

 今更気付くかというほど小さくなった背中を眺め、おれは大きく息を吸った。


「悪い。おれ、サボるわ!」


 返事を聞かずに、全力ダッシュ。

 そのまま特に目的地を決めずに走った。

 正直、限界だったのだ。

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