第5話 人並みの生き方

 神楽坂が高校までのことをあらかた語り終えた。次は、俺の話になる。


「大した話じゃないよ」

「だとしても、必要な情報ではあるわ」

「なら、事務連絡くらいの気持ちで語るよ」


 神楽坂ほど、詳細には語らない。


 四人家族の長男。中学生の妹がひとりいる。名前は流奈るな。生意気な奴だ。


「小さい頃はどうだったの?」

「人並みだよ。上にも下にもなれなかったな、ってところ」


 運動会のリレーがいい例だ。常に真ん中の順位しか取れない。手を抜こうが頑張ろうが、結局そこに落ち着いてしまう。


 人より優れたところを見つけられない、という思いがずっとあった。これはいまも変わらない。


 友人やクラスメイトとの関係も、特筆すべきところはなかった。神楽坂から、俺の中の「人並み」が、陰キャ寄りであると指摘された。その通りだと思う。


 中学・高校と文化部に所属。大会に出るような強豪でもなく、すくないメンバーと楽しんできただけだ。


 家族との関係は、神楽坂を見れば良好といえる。定期的に出かける。取り立てて不和ではないだろう。


「……話を聞いた感じ、なんだか本気を出してことなさそうね」

「なっ」

「痛いところ突かれた、って顔。ご存知の通り、私、ズバズバいっちゃうの。ごめんなさいね」


 並みである自分で満足していた。否定できない。


「神楽坂さんは自己分析が得意みたいだ」

「自覚はあるわ」

「まったく、神楽坂さんらしい」

「知ったような口……って、自語りしたから知っていて当然よね! ああもう馬鹿な私!」


 おどけたように、神楽坂は頬を緩めるのだった。


「なあ神楽坂さん、俺はどうして手を差し伸べたのかな」


 ふと、口について出た言葉だった。


「きっと、衝動でしょう? だとしても私は――うれしかった。弱いところに手を差し伸べ

 られたら、思うところはあるでしょう?」


 衝動、か。そんな無責任な理由で、俺は救世主ヒーローやらの道に踏み入れてしまったのか。


「……あぁもうまったくだ。神楽坂さんにいうことじゃないよな」

「いいの。お互いに心を開いちゃったものだから、本音とかが出たのよ、きっと」

「そういうことにしてほしい。さっきの質問は、忘れてほしい」

「わかったわ。ただ、ちゃんと別の答えが出たら、教えてちょうだい?」


 どうして手を差し伸べたのか――いずれ答えは変わるのだろうか。


「じゃ、これで自己開示タイムも終了かしら?」


 ふとスマホの時間を見た。部屋に来てから、数時間も経過していた。


 神楽坂の話が割と細かなエピソード付きだったこともあるが、それにしても早すぎるではないか。


「夜っていうのにもいい時間になってきたな」


 この家に来てから、宇佐美さんに会い、お茶をもらってから二階へ上がり……。


 そこで気づいた。


「腹、減った」

「同じくね。いまさら食欲に気づいたわ」


 かくして一階に戻ることにした。



「あらあら、恋人同士のおしゃべりは止まらないのね。お互いの過去トークなんて、うぶよねぇ」


 下に降りてから、宇佐美さんが放った第一声がそれだった。


「お姉ちゃん、もしかして盗み聞き?」

「人聞きが悪いじゃない。すべてじゃないわ。下にいたら聞こえたところもあるっていうのかしら?」


 いわれてみれば、神楽坂の声は大きかった。下にまで響いていてもおかしくはない。


「こんな子だけど、大事にしてあげてね?」

「も、もちろんです」


 宇佐美さんに押されては、イエスと答えるしかない。神楽坂は頭を掻いてため息をつくのだった。


「料理は準備万端だから、ゆっくり食べてちょうだいね。夜も長いものね?」

「羽山くん、泊まらないから。変な配慮は不要よ」

「はーい、理解しました。ご飯までがきょうのデートなのね。そういう日もあるものね」

「お姉ちゃん、羽山くんのお茶碗どうする?」


 もはや呆れているのか、神楽坂は宇佐美さんをスルーしていた。


 用意されていたのは、ザ・和食という内容の夕食だった。ご飯にお味噌汁、魚に……。


「ゆっくり食べてちょうだいね」

「「いただきます」」


 食べている様子を、宇佐美さんはじっと眺めていた。


 神楽坂と喋っても不自然そうになるのが目に見えていたので、会話は最低限に控えることにした。


「さっきまでは楽しそうに話していたのに、ね?」

「お姉ちゃんの態度がそうさせているんだから」

「いずれ私にかまわずお話しできる時まで、気長に待っているからね、彩月」


 ドキドキ・お食事タイム!? ということにもならず、淡々と食事は終わってしまった。


 時間も時間ということもあり、日付を跨ぐ前にはさようならをすることになった。


 玄関からふたりがお見送りしてくれている。


「深夜だから、警察に補導されないようにするのよ〜」

「大人っぽく振る舞って誤魔化します!」

「羽山くん、スクールバッグを持ちながらいうセリフではないわ」


 確かに! 騙しようがない!


「また来週ね、羽山くん」

「次会うのも楽しみにしているよ」


 手を振りながら、俺は門を出るのだった。


「……さて、帰るか」


 ドアが閉じるのを見て俺は神楽坂家に背を向けた。


 きょうは、お互いのことをよく知れた日になったと思う。考えるべきは月曜日以降のことだが、いまはいったん思考の外に追いやりたいところだった。楽しかったと同時に、疲れも舞い込んでいたから。

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