第6話 妹の揶揄いとデートの誘い

 きのうは夢のような一日だった。現実であると認める方が難しいほど、トントン拍子で話が進んだ。


 クラスメイトの神楽坂が月の使者で半年後に死ぬと同然の状態になるかもしれない。


 神楽坂の消失を防ぐために、偽彼氏となって「本当の愛」を知る手助けをする。


 その一環で、神楽坂の家を訪ねる。お姉さんと知り合いになる。神楽坂とお互いの過去について語り合う。その後ご飯を一緒に食べる。


 ……と、ここまで一日。詰め込みすぎにも程がある。


 本当にどうかしている。


「で、兄貴はどうして深夜に帰ってきたの?」


 清々しい朝。


 朝早く起きた羽山家の兄妹きょうだい


 俺が飯を作っている横で、妹の流奈るながしつこく尋問を繰り返していた。


 流奈は、神楽坂姉妹とは違って小柄だ。顔は整っており、よくモテる。態度の方は、身長と対照的にでかい。ずかずかと内側に入り込んでくるところがある。


 恋バナ大好き人間の流奈が、兄の遅帰りと女性の残り香をスルーするはずもなかった。痕跡を残さぬよう配慮したつもりだったが、流奈のセンサーが優秀すぎた。


「高校生が深夜に帰ってきちゃいけないルールがあるのか?」

「彼女できたら報告ぐらいしたらどうなの」


 フライパンを持つ手がブレる。スクランブルエッグがうまく混ざらず、すこしこぼれてしまった。


「兄貴ってさ、嘘つけないタイプだよね」

「褒めてないだろ」

「うん、世間を知らない未熟な純粋さってやつかな?」

「舐めやがって……」


 うん、バレバレだ。偽の彼女とはいえ、すっかり読まれている。


「いままで女の気配さえなかったのに。もしかして告白された? いやそんなはずはないか」

「またしても悪口かよ」

「なんだろうな、兄貴に彼女ができる理由。気になっちゃうなぁ」


 いずれ偽装カップルということも露呈しそうだな。こればっかりは避けられないだろう。できるだけ遅くに気づいてもらう形にしたい。


「罰ゲームで告白されたのを額面通り受け取って、楽しくなっちゃったパターンかな? それとも……」


 一度ちゃんとキレてわからせなくちゃいけないよな。思いつつ、実行できた試しはない。流奈の方が一枚上手であるのはわかりきったことで、喧嘩を仕掛けても無駄なので。


「変なことばっかいうと、味付けをおかしくするぞ」

「その場合だと、兄貴もまずい飯にありつくことになるけど? それでもいいならご自由に〜」


 こいつに彼氏ができまくる理由を教えてくれ。見てくれはよくても中身が終わっているぞ。俺よりかはマシかもしれないが。


「ちゃんと作るから、そのうるさい口をつぐんでお行儀よく待つことをお願いしたいね」

「はいはい、わかったから」


 両親はまだ寝ている。休日のうち片方は完全に休むと決めているタイプなので、昼まで起きてこなくてもおかしくはない。



 朝食を作り終えると、流奈はわざとらしく喜んで見せた。本心も入っているかもしれないが、棒読みを聞いて誠意を感じられるほどの純粋さはなかった。


「やるじゃん。手元ブレブレだったけど、きょうもおいしいごはんを作っちゃって」

「どうもありがとうございます」


 切り子口上で答えってやったが、ノーダメージだった。


「彼女さんとはどこまでいったの? ねえ教えてよ〜」

「教えない。流奈には秘密だ」

「けち。私は兄貴の弱みを握りたいから、これからもガンガン攻めまくりだからね?」

「本当に最低な性格をしているよ」

「私にとっては褒め言葉だからね、それ。自己肯定感高まる〜」


 こうして恋愛話にがっつく様子は、きのうの宇佐美さんを想起させた。今後会うことがあったら、ふたりで意気投合しそうだな。


「兄貴、いま考えごとしてたでしょ。きのうのことでも思い出しちゃった?」

「否定はしないよ」

「いや〜、ようやく春が来たって感じだね。本当にうれしいなぁ」


 ……まぁ、いまのところ春が来るかはわからないがな。独り言を呟いてみる。


 神楽坂が来年の春を迎えられるかは、まだ確定事項ではない。春、という言葉からつい連想してしまった。


「なんかいった?」

「なんでもないよ」

「隠し事はよくないなぁ」


 朝食を食べ進める。恋愛話はここでいったん打ち切りとなり、流奈の学校での話が始まる。流奈との会話では、たいてい聞き役に回ることになる。


 というのも、一度始まれば止まらないマシンガントークとなるので、入り込む隙がないから。


「……で、私さ彼氏になんていったと思う?」

「そうだな――」


 続く言葉を考えていると。


 ポン、と通知音が鳴った。メッセージが届いた合図だ。


「兄貴のスマホからだね」


 朝の十一時。いったいなんの連絡だろうか。あまり見当がつかない。


 スマホをつけると、すぐに答えが出た。


「さつき:あした、遊びにいきましょう?」


 さつき――神楽坂彩月のアイコンだ。なぜ神楽坂が俺の連絡先を知っている?


 たぶん、クラスのグループメッセージから連絡先を追加したのだろう。その線は十分にある。


 それはそれとして。


 遊びに行こう、というのはつまりデートか? 話にはなかったはずじゃないのか。


「どうしたの兄貴、めちゃくちゃ手震えてるよ?」

「そ、そ、そ、そんなわけないが? 別に冷静そのものだが?」

「よくいえたもんね。どうせ彼女からでしょう?」

「……」

「正解みたいね。これから予定あるなら楽しんできてね。私は見守るに徹するから」

「理解がありすぎて逆に怖いわ」


 あした一緒に出かけるのか。


 詳細を決めるのはこれからか。偽の関係とはいえ、あまり体験したことのない状況に、胸は高まっていた。

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