第3話 神楽坂の家、天然の姉

「いらっしゃーい」


 間の抜けた声で迎えてくれたのは、神楽坂のお姉さんだった。


 宇佐美さん、というらしい。彩月以上にすらっとした背格好をしている。長い前髪で目は隠れており、ミステリアスさが醸し出されている。スタイルの強調されるセーターのせいで、ちょっぴりドギマギした。


 神楽坂家は一軒家だ。ふたりで住むに広すぎるくらいの豪邸である。


 高級感あふれるつくりで、それはそれは驚きの連続だった。


「あらあら、彩月もませちゃって。その子とはどこまでしたのかしら?」

「お姉ちゃんノンデリすぎ! 羽山くんにも私にも失礼なんですけど」

「そんな躍起にならないで。もしかして、まだキスもしてない、なんてことはないでしょうけど。ふふふ」

「うーさーみーおねーちゃん?」


 眉の辺りをピクピクさせつつ、宇佐美さんを睨め付けていた。


「まあ、ふたりとも落ち着いて」

「あら、はじめまして、彼氏くん。宇佐美うさみです。うちの彩月が騒がしくてごめんなさいね」

「大丈夫です。いつものことなので」


 彩月には慣れっこみたいね、とにこやかに返ってきた。神楽坂の表情など、怖くて見られたものではない。


「そういえば彼氏くん、お名前は?」

「羽山瑛二です。羽に山って書いて、エイジは王に英雄の英をくっつけたのと、数字の二で書きます」

「瑛二くんね。私にはタメ口でいいからね」

「あざす」


 宇佐美さん、どうも自分のペースに持っていくのがうまいみたいだ。完全に乗せられていた。


「さあ、上がって」


 神楽坂の腑に落ちない様子はそのままに、俺たちはリビングへと案内された。


 広い。シャンデリアが天井からぶら下がっている。楽になんてしていられるだろうか?


 ソファでくつろいでいいといわれたので、荷物を下ろした。


「お茶を淹れるから、ふたりともすこし待っていて頂戴ね」


 いって、宇佐美さんは遠くの方へいってしまった。


 その間に手洗いなどを済ませ、ソファに戻る。神楽坂を左にして、腰を下ろす。


「お姉ちゃんこんな感じだけど、大丈夫そうかしら?」

「俺は問題ないけど、神楽坂さんの方が不安というか……」

「大丈夫じゃないのは私の方だったかもね」


 はぁ、と大きなため息がひとつ。


「俺たちの関係って、宇佐美さんにはどう話せばいいんだろう?」

「わざわざ“偽装カップル”なんていうこともないわ。うまく口裏合わせましょう」

「了解」


 見抜かれそうな気もするが、そのときはそのときだ。


「で、月の使者の件は」

「軽く探りを入れるわ。お姉ちゃんのことよ、私の味方かどうかも疑いまくってるわ」

「私情が入っている気がするな」

「念には念を、よ。別に含むところはないから」


 いっているうちに、宇佐美さんが戻ってきた。


「お待たせ。あたたかい紅茶よ〜。外は寒かったでしょう?」


 運ばれた紅茶は、よく見るとカップがひとつしかなかった。


「あの、もうひとカップは?」

「あらあら、恋人なんだし、カップはひとつで十分じゃないかと」

「意味わからないわ。もう一個持ってきて」


 なんだかぶっ飛んでいる人だ。天然、と単純にくくっていいのかどうか。


「……はい、カップ。彩月はこれでよかったのかしら?」

「ええ。じゃなきゃ困るわよ」

「まだまだウブなカップルみたいねぇ」

「もー、お姉ちゃんったら!」


 やはり宇佐美さんペースだ。



 出された紅茶は、格別にうまかった。茶葉の雑味がすくなく、深い味わいだった。一般人には手を出せぬ代物だろう。


「瑛二くんは、どうやって彩月と出会ったの」


 宇佐美さんからは、容赦ない質問が飛ぶばかりだった。


「困っているところを、助けたというか。そんなところです」

「いいじゃない。告白はどちらから?」

「私」

「彩月からだったの、意外ね〜」


 正直、偽装カップル一日目にこれはキツかった。気恥ずかしくてありゃしない。


 俺でさえそうなのだ。神楽坂は真っ赤だった。


「あぁ、もうやめてよお姉ちゃん! 人の馴れ初め話なんてつまらないでしょう?」

「え、まだまだ聞きたいくらいなのに」


 これ以上他に聞かれたら、ボロが出そうで怖い。いよいよ、「月の使者」というカードを切るか。


 神楽坂にウインクでサインを送った。察してくれた神楽坂が、話を転換する。


「お姉ちゃんばかり聞きすぎだから、私からも聞きたい」

「あらいけない。興味津々過ぎたのね。さ、なんでも聞いて」


 すこし渋ってから、神楽坂はストレートに問いかけた。


「お姉ちゃん、?」


 虚をつかれたような表情をして、宇佐美さんは黙りこくってしまった。


 ……まずい、敵対勢力だったか?


 空気が張り詰め、沈黙が苦しい。


「えーっと、なんのことかしら?」


 まだはぐらかしている可能性もある。一概にオーケーともいえない。


「お姉ちゃんは、神楽坂宇佐美ではない記憶を」

「持ち合わせていないわよ?」


 なんのことか、と怪訝そうにしている。


 いまのところ、宇佐美さんは白と見ていいだろう。


「……手がかりはなし、ね」

「ふたり揃って真剣そうだけれど、気になること、あったかしら?」

「ないわ。そうよね」

「あ、ああ! なんてことないです!」

「ならいいのだけれど……瑛二くん、変な宗教を彩月に洗脳しないであげてね」


 あらぬ心配をされる始末だった。


「そういえば瑛二くん、きょうは泊まるの?」

「いや、どうしようかなと」

「恋人同士なんだし、別にお楽しみでも私は大丈夫だからね」

「ちょ、お姉ちゃん!?」


 あわあわした神楽坂は、俺のことを無理くりヘッドロックして。


「ちょっとお話ししてくる!」

「ごゆっくり〜」


 いろいろ話しましょう、と俺だけに聞こえる声でいわれた。


 ヘッドロックを甘んじて、二階へと上がっていくのだった。

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